2011年8月10日水曜日

広島原爆の日


只今帰省中、親方、副長、九州本部長、との久しぶりの再会に感動、北海道の山本支部長と会えなかった事が少々残念。

広島平和記念公園に行き、原爆慰霊碑の横で手を合わせる。

九州本部長はこんな所では手を合わせられないと、慰霊碑の横で手を合わせる。


「安らかに眠って下さい
     過ちは繰返しませぬから」

恥ずかしながら私は始めて此処に行きました、しかしこの碑文は気持ちが悪くなるくらい腹が立つ。

昭和27年に、この原爆慰霊碑の「過ちは繰り返しませぬから」を見たパール判事は、いったい誰が過ちを繰り返さぬと言うのですか?

そして次のようにコメントした

「東京裁判で
 何もかも日本が悪かったとする戦時宣伝のデマゴーグが これほどまでに日本人の魂を 奪ってしまったとは思わなかった。

 東京裁判の影響は原子爆弾
             の被害より甚大だ。」


同じく昭和27年11月6日、広島高等裁判所での講演では次のように述べた。

 「私は1928年から45年までの18年間の歴史を2年8ヵ月かかって調べた。とても普通では求められないような各方面の貴重な資料を集めて研究した。この中には、おそらく日本人の知らなかった問題もある。それを私は判決文の中に綴った。この私の歴史を読めば、欧米こそ憎むべきアジア侵略の張本人であることがわかるはずだ。しかるに日本の多くの知識人は、ほとんどそれを読んでいない。そして自分らの子弟に『日本は犯罪を犯したのだ』『日本は侵略の暴挙をあえてしたのだ』と教えている。満州事変から大東亜戦争勃発にいたる真実の歴史を、どうか私の判決文を通して充分に研究していただきたい。日本の子弟がゆがめられた罪悪感を背負って、卑屈、頽廃に流れてゆくのを私は見過ごして平然たるわけにはゆかない。
 誤られた彼らの戦時宣伝の欺瞞を払拭せよ。誤られた歴史は書きかえられねばならぬ。

そしてパル判事は「大亜細亜悲願之碑」の文章を執筆した

大亜細亜悲願之碑



激動し変転する歴史の流れの中に



道一筋につらなる幾多の人達が



万斛の思いを抱いて 死んでいった



しかし



大地深く打ち込まれた



悲願は消えない



抑圧されたアジアの



解放のため その厳粛なる



誓いにいのち捧げた



魂の上に幸あれ



ああ 真理よ



あなたは我が心の



中に在る その啓示



に従って 我は進む



一九五二年一一月五日



ラダビノード・

パール



原爆を落としたのは日本人ではない、アメリカだアメリカ人の手は未だに清められていない、また碑文改正を一刻も早くやらねばならない。







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