2010年3月4日木曜日

アワセメドウズゴルフコース閉鎖


 本年度末に返還予定の米軍アワセゴルフ場(北中城村)が21日で営業を終了した。沖縄防衛局によると、返還時期は「米側と調整中」だが、地権者らは「いよいよ返還だ」と歓迎する。一方、復帰前からゴルフをプレーする愛好家は「沖縄がゴルフ王国と呼ばれる礎になった場所。さみしいが、ゴルフ文化を育ててくれた」と感謝している。(福里賢矢)

 約48ヘクタールの同ゴルフ場は、1996年の日米合同委員会で、嘉手納弾薬庫地区内への移設を条件に返還合意。地権者は跡地を大型ショッピングセンターなどを中核とした開発計画を進めている。


 在沖米海兵隊報道部によると、アワセゴルフ場は48年にオープン、年間4万~4万5000人がプレーしている。

 米軍施設のため「ゴルフ場利用税」の適用外で、県は「税の公平性からみても(日本人の利用は)好ましくない」としているが、「米軍関係者のエスコートがなくてもコースの空きがあるときに利用できる」こともあり、日本人の姿も多い。

 「閉鎖されると聞き、最後にもう一度プレーしたかった」。アワセゴルフ場で友人らとゴルフを楽しんでいた山川宗成さん(32)=沖縄市=は年に3、4回利用していた。「狭くて難しいが、楽しいコースだった」と目を細めた。

 ほぼ毎週訪れるという安座間喜松さん(62)=沖縄市=は「市街地から近く、アクセスも便利なゴルフ場だったので、気に入っていたのに残念」と話した。

 64年に結成された沖縄ゴルフ協会(現在の県ゴルフ協会とは別組織)の副理事長を務めた奥平侯庄さん(82)=浦添市=によると、復帰前は米軍関係の仕事をしている人や、経済界の一部などが同ゴルフ場や米軍嘉手納基地内などでプレーしていた。


アマゴルファーとして一時代を築いた、全日本ナショナルチームにも選出された伝説の賭けゴルファー、「渇しても盗泉の水を飲まず」と八百長だけは拒んだと言う宇良宗哲、 全米シニアオープンも制したリー・トレビノ選手も海兵隊時代、同ゴルフ場でプレーしていた。

 奥平さんは「アワセでレベルの高い米軍人と競い、沖縄のゴルファーたちは腕を上げ、徐々に九州でも戦えるようになった。アワセは今でも思い出に残るコースだ」となつかしむ。

泡瀬がなくなったのは寂しいねイオンなんかどうでも良いのに


イオンモール が泡瀬ゴルフ場跡地にSC
イオンモール がアメリカ軍の泡瀬ゴルフ場跡地に大型ショッピングセンターを2013年秋開店を予定しているそうです。泡瀬ゴルフ場は沖縄県中部の北中城村にあり、太平洋を見下ろす高台にありロケーションとしては最高の場所にあります。新たにできるショッピングモールの広さは16万5000平方メートルと沖縄県内最大規模となるとのことです。

泡瀬のショッピングモールには飲食店や映画館、アミューズメント施設などが入る予定となっており、オープンすると多数の来客が予想されます。イオンの進出で沖縄県中部地区経済の発展が期待されます。

2 件のコメント:

副長 さんのコメント...

Mr,Okadaは、個人的に経済復興させるのですね。

東郷 さんのコメント...

fukucho
genzai nihongo ga utenai toko ni imasu node nochi hodo coments simasu