2007年12月16日日曜日

プラバーン仏(黄金の仏陀)とプラケオ.モラゴット仏(エメラルド仏陀)




プラバーン仏(黄金の仏陀)とプラケオ
.モラゴット仏(エメラルド仏陀)

黄金製といわれるプラバーン仏も、タイのプラケオモラゴット仏同様その取り合いを巡って数奇な運命に翻弄された。1353年ムアンサワーに最初の統一王朝、ラーンサーン王国を築いたファーグム王は、クメール帝国アンコールトムで教育を受けクメール王妃を娶って、帰国。こうした事から1358年上座仏教を広めるため,クメール王から仏教使節が送られた。高僧と大勢の僧侶、仏典、天文学者に、寺院建築工や仏師に加えてプラバーン仏も含まれていた。黄金のプラバーン仏は、大きな守護の力を持つと言われ、此れを持つ事は国の繁栄に繋がると言われていた。送られた当初はワットケオに収められていた。プラバーン仏のおかげでファーグム王冶世の終わりまでには上座仏教は定着した。1489年にワットカン、1502年にはワットマノーロムに移された。1512年にワットウィスンナラートが創建されると、その本尊として招き入れられた。プラバーン仏の安住の地として、以後194年間此処に安置された。この間のラーンサ-ン王国の繁栄は言うまでもない。通商は隆盛、仏教研究は奨励され、多くに寺院が健立された。東南アジアでも有数の国になって行った。此れも皆、プラバーン仏のお陰だ。所がラオスの事だ、何時もの事だが、王位を巡った内戦が10年も続き、ついに1707年3分裂してしまった。ラーンサーン王国は、ルアンプラバーン王国、ウィァンチャン王国チャムパサック王国に分裂してしまったのだ。プラバーン仏は最も勢力の強かったウィァンチャン王国へ移されてしまった。

その後のプラバーン仏は目まぐるしく変る。

1777年ウィァンチャン王国はシャム王国に攻撃され、敢え無く占領されてしまう。翌1778年には戦利品としてプラケオ仏と共にトンブリー(シャム王国トンブリ王朝)ヘ持ち去られてしまう。プラケオ仏とプラバーン仏の2体の守護仏によって、シャムは繁栄の極みに達したかと思いきや、政治的動乱の嵐が巻き起こってしまった。何事も他人の所為にするのが得意なタイ人の事。皆は此れは守護力の強い仏陀が接近して置かれたことで、2体の仏陀が反目し、不幸が訪れたのだ、と考えた。事もあろうにプラバーン仏を“厄介者”としたのだ。お陰で、シャムとウィァンチャンがまだ戦争さなかにもかかわらず、ウィァンチャンへ突き返してきたのだ。

プラバーン仏の戻ったウィァンチャンは目覚しく発展した。嘗めては一寒村に過ぎなかった村は、今やメコン川沿い最大の都市までになった。ところが、アヌウォン王、何を思ったのか、調子に乗ったのか、1827年、兵をクルンテープへ進めてしまった。案の定、ナコーンラチャシマで総崩れ、逆にウィァンチャンは壊滅的な破壊を受けシャムの領土となってしまった。おまけに“厄介者”とされたプラバーン仏までも。1828年再びシャムへ持ち去られてしまう。所がまたまた、1867年突き返される。今度はルアンプラバーンへ。

ルアンプラバーンでは先ず王宮へ、そして安住の地ワットウィスンナラートへ戻ってきた。しかし今回はシャムで守護力が落とされてしまったのか、安泰とはいかなかった。1887年ホー族の襲撃だ。幸いにホー族が、来る前にプラバーン仏は非難し無事だった。ワットウィスンナラートは消失し安住の住み家を失ってしまった。1894年7年ぶりに香しい姿を現した。ワット マイ スワンナプーム アハーンで。そして安全のため1947年からは。王宮内のホープラバーンに移され現在では普段は目にする事は出来ない。一年に一度だけピーマイラーオに、ワットマイに移される。水掛儀式のため町中を行列のあと多くの人に参拝される。

プラケオ仏、日ごろは表情が少なく,穏やかなラオス人も,プラケオ仏の話になると、いきり立つラオス政府は今でもタイ政府に対して。プラケオ仏を戻すように要求している。



世界遺産のルアンプラバの近代化が懸念される

町並み歴史的文化的、遺跡保護の観点から1995年にユネスコによって町全体が世界遺産に指定された。このほどユネスコが使節団を派遣し、世界遺産後10年が過ぎ町並みを調査した結果その変化に懸念を示したという。

私も行った事があるが、今やインターネットカフェやら西洋式カフェやらとんでもない事になってきている、アンコールワットの様になってはおしまいの様な気もするが、しかし何も発しないでいたら、ただの田舎町で終わってしまうような気もする、どちらが良いのか、ラオス人が決める事だ、しかし決定はするのは皆外国人、此れで良いのか?

バリ島でCOP13が行われている、来年あたりから、航空業界では今までのオイルサーチャージに加え、炭素サーチャージも加えるそうだ、一体どの様な値段になってくるのやら?

2007年12月15日土曜日

世界3大スープ2


海外で日本のテレビを見る場合、NHKのNHKワールドと言う放送がある、これは海外の在留邦人、観光客向けに放送していると思うのだが、つまらな過ぎて観る気もおこらない、それで受信料は3000円ほど取られてしまう、まったく法外な値段、又たまに写らない時も有る払わないと当然スクランブルが架り始めから見れないのである、国内の放送もそうしてみてはどうか、恐らく抗議の電話でパンクするであろうが、又小泉政権時代は中国では、中共政府がスクランブルをかけ、安部首相に変わるまで見れなかったらしい、NHKは何も言わないし、国内の人は殆ど知らないだろう、何をそんなに中国などに遠慮しなくてはならないのだろうか、分かりやすく誰か教えてください、ただ単に意気地が無いだけなのだろうか???



店に入るとすぐ左手にクローク、其処には60過ぎのおじさんが、キチット正装で立っていて、帽子とコートを預かる、預けた後は預り証みたいな物を貰い、2階に行き、テーブルに案内された、客は誰もいなかった、私一人の貸切みたいな物である、メニューを持って来たのだが、ポーランド語は分からず、英語のメニューも無く、英語を話す従業員すらいない、どうした事か、何とか身振り手振りでたのみ、サラダはスープ肉と頼んだのだが果たして分かったのだろうか、サラダは私が好きなロシア風サラダ、きっちりと出て来た、さてスープは、ボルシチのような物を頼んだのだが,違うものが出て来た、こらは違うと言って、変えてくれる様に言ったが、其れを飲めと言う、しかし此方もいいや、こんなクラムチャウダーの様なものは頼んでないからもって行けと言うのだが、おばさんウエートレスは遮二無二,美味しいから飲めと言う、此方は客なのである、飲むも飲まないも入らぬお世話であるのだが、其れほど言うなら、のんでやろうと言い、ちょっと飲んで変えてくれと言おうと思ったのだが,飲んで美味い事、恐らく今迄で一番美味しいスープであっただろう、其れほど美味しかった、その後たてつずけに、3回お代わりをしたのであるが、実はもっと飲みたかったのである、しかし私は客なのだが、遠慮して3回で止めた。
味はと言うとクラムチャウダーの様なものに香草(ハーブ)を入れ、ゆで卵も入れ少々酸っぱくした様な味、しかし之が絶妙の味加減で、本当に美味しい、ボルシュ(ボルシチ)を食べた時も美味しかったが
ボルシュ等比べ物になら無かった。

之は何と言うスープですか?

ジュレック(ズーレックとも言う)それから毎日滞在中スープと言えばジュレックばっかり、またポーランドに行けば先ずは、ジュレック

ポーランドへ行ったときは飲んでみてください

2007年12月14日金曜日

ライガー


顔形はライオンに近いが、身体には淡い縞があり、雄には鬣(たてがみ)があるものの、ライオンと比較すると貧相である。また、身体はライオンやトラ よりも巨大化し、平均で450キロと最大の肉食獣である。600kgを超えるライガーもいる。巨体ながらトラやライオンと同じように速く走れ、泳ぎも上手 く、性格は温和とも両者の獰猛な性質を引き継ぐとも言われている。

ライガーとは逆に父がトラで母がライオンの場合はタイゴン (Tigon) と呼ばれているが、その特徴はライガーとは逆で、トラに似ると同時に、小型化の傾向がある。

ライガー、タイゴンともに、雄には全く繁殖力がないが、雌には稀に繁殖力のある個体がおり、ライオンやトラとの間に子供を儲ける場合がある。

その場合は、ライオンが父、ライガーが母であればLiligerと言う風に、両親によって呼び名が異なる決まりとなっている。

ライガーとの雑種

2007年12月13日木曜日

最新鋭

HONDAかな?中国製
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2007年12月7日金曜日

世界3大スープ



民主党の小沢代表が、今日から中国を訪問しているようだ。其れも50人も議員を引き連れて、何故今中国を訪問するのか、意味があるのだろうか、尖閣諸島のガス田の話でも、きっちり話をして来るのであれば良い事だが、しかし民主党では期待が出来ない、外務大臣ですら、フーチンタオから、ガス田の話は棚上げと言われて、黙って帰って来たのだから、私には分からない、誰か教えて欲しい、何故中国などに言われて何も言えず帰って来るのだろうか、ふざけた事を言うなと、何故切り返さないのだろうか、言い方の問題ではない、日本の外交の無能振りが、世界に知れ渡り、恥かしいとは思わないのだろうか、其れともハニートラップか何かに繋っているのだろうか、疑いたくなる、其れは何故か、此方にも県議の連中や市議会の連中が良く来ているが、其の連中の中には女などを買っている輩等、一杯知っている。余り言う事を効かないと、何れ脅してやろうかとも思っているが、此処で書くことは止めよう、あんたですよ。
海外に出れば国会議員も同じようなもんだろう、おそらく

小沢はまさか、朝貢でもやりに行くのだろうか、小沢の後は福田が又行くらしい、中国等とは付き合う必要はないではないか、何れ潰れてなくなる国である、根拠がなく言っているのではない、私の見立てでは近い将来そう遠くない将来です、間違いなく消えてなくなる、既に国の態を成していない、其れは中国に頻繁に行っている人であれば誰でも知っていると思うのだが、中国通や中国よりの人たちは中々言おうとしない、潰れた後で言うのなら誰でも言えますよ。

簡単に言うとこうだ、郷や鎮は市や県の言う事を聞かない,又市や県は省の言う事を聞かず,又省は中南海の言う事を聞かない、其れを公安と軍でとめている、ただ其れだけの事なのだが、こんなシステムが何時までも、続くはずがない、又この中で金が絡むのでより一段と複雑になっている。
そんな奴らとは早い所決別して、将来的に国益にかなうような外交をするべきではないのだろうか。日本の外交は余りにもアクションが遅すぎる、
馬鹿政治家にも飽き飽きだ。何時でも勝負してやるからかかって来なさい

世界3大スープと言うのは、通常では、ブイヤベース、ボルシュ、ふかひれスープ、と言う人がいますが、人によって違うようだ、トムヤムクンを入れたり、様々なようだ
私は当然違う、上記の物は一つたりとも入ていない。

ジュレックとの出会い

ワルシャワの空港に降り立ったのは、1989年2月であった、成田空港からエールフランスでパリのシャルルドゴール空港を経由して、ワルシャワの
オケンチェ国際空港に着いたは良いが、誰も迎えに来ておらず、迎えは何日か前に電話でアンジェーと言う者に話はしていたのだが、私も何分ポーランドは初めてで、電話の相手すら知らないのである。
ある人からその人を紹介されたのは、其の約1ヶ月ほど前であった、連絡を2回ほど取ったのであるが、上手く伝わらなかったのだろうと諦め,外に出て,タクシーを拾う事にした、其の前に両替をするべく両替商に行き、吃驚した、幾ら両替したか忘れたが、札束でドバット来た、ポケットに突っ込み,タクシーのオジサンが市内まで、幾らと言っているのだが分からず、まあ良いかという事で、タクシーに乗った、タクシーはと言うと、これまた聞き慣れないだろうが、東ヨーロッパでは有名な「トラバント」と言うタクシーで紙で作られた車である、助手席に乗り込み運転手が何処までと聞くのだが、何処も私は、知るわけでもなく何処でもいいからホテルに行ってくれと言い、着いたホテルがビクトリアインターコンチネンタルホテル
当時のワルシャワでは良いホテルの部類なのだが、今では有名高級ホテルが立ち並び影を潜めている
しかし何処へ行くのも都合が良く、良い場所に立っていた、悪名高き文化科学宮殿にも程近く、旧市街にも歩いて5分位の距離である。
アンジェーに連絡を取って今ホテルにいる事を告げると、ほんとに来たのかと言い出した、ほんとなのである
明日ホテルに迎えに来ると言うので、それで話が終わった。
夜になり、何処か食事に行きたいのだが、せっかくであるから、ホテルではなくレストランに行きたかった
ヨーロッパのレストランは通常であれば予約を入れておかなければならないのだが、予約を入れておらず、フロントでこの辺で有名なレストランは何処だと聞き、旧市街に名前は忘れたが、入り口にドラゴンのオブジェが飾ってあると言うので、行けば分かると言う、外は雪が30-40センチほど積もっていた、革靴で歩くのは困難なのである、しかし皆上手く歩いているものだ、中々コツが掴めず、レストランに着くまでに何度転びそうになったか、旧市街のど真ん中にあるレストランであった。

続く




2007年12月6日木曜日

5日はタイ国王陛下誕生日

国王、あらためて一致団結の必要性を訴えられる

5日に80歳の誕生日を迎えられる国王は、先立つ4日に行われた誕生日を記念した定例スピーチの中で、国家が取り返しのつかない状況に陥る事を防ぐ上でも全ての層が一致団結し国家の屋台骨を盤石にする事が重要であると訴えられた。

 また、国王が提唱される充足を心得た経済に関しては、「充足を心得た」という言葉が一人歩きをし損をするものである、ないしは利益をあげることを戒め損 をして売るべきであると誤解して受け止められている事にストレスを示された上で、哨戒艇の調達等のいくつかの例を挙げながら全てに於いて必要且つ適切な利 益・効果がもたらされるべきであるという事を中心において、過剰にならず、また過小になる事もなく如何に適切に必要なことを満たすことが出来るかに重点を 置いて考えるべきものであると指摘すると共に、充分に考慮し見合う利益・効果が期待できると判断され、また充分にお金が余っているのであれば、けちらずに 大いにお金を投資するべきで、お金が余っているにも拘わらず出費をけちっていたままでは、逆に出費を強いられるお金が余っていない者に困難をもたらすこと になると指摘された。

 また、自らも高齢であられる国王は、スラユット首相が高齢であると指摘されている事にに触れられ、5日に80歳になられるご自身に比べスラユット首相は まだ60とちょっとを過ぎた、まだ首相として適切な年齢であると語られ出席者の笑いをお誘いになられた上で、更にご自身が病院から退院された際や姉君を見 舞った際に毎回上着等の色が違っていた事が世間を賑わしていた事に触れられながら、スラユット首相がいつも白い正装姿でいることに対して、本人が精力的に 職務に打ち込んでいる事に触れずして白い正装姿に飽きたと言うべきではなく、むしろいつも同じ白い正装をきっちりと着こなし良い仕事をするスラユット首相 の姿こそが究極の姿であると指摘され、昨年に続きスラユット首相を絶賛された。

 しかし、国王は約1時間30分に渡るスピーチの中で総選挙の事には触れられなかった。









2007年12月4日火曜日

Bangkok Post

Police seek Japanese man
TOURIST MURDER
Police are asking their Japanese counterparts to question a Japanese man who was seen in Sukhothai Historical Park at almost the same time as Tomoko Kawashita, 23, who was found murdered on Nov 25.

Detectives want to reach Masao Ito as witnesses have said he entered Wat Saphan Hin temple in the park about five minutes after Tomoko arrived there on Nov 24. Both used rented bicycles.

A taxi driver in Sukhothai province said that unlike other foreign visitors, Mr Masao arrived at Sukhothai airport without any luggage when he returned to Bangkok on Nov 26. He spent a night at a hotel on Sathon road and left for Japan at 5am the following day.


日本人女性殺害に絡み日本人男性への事情聴取の可否を日本当局に問い合わせ

4日付けのバンコクポスト紙2面右上に小さく掲載された記事が、タイ当局がスコータイで発生した日本人女性殺害事件に絡んで、発生現場となったサパー ン・ヒン寺に被害者の到着から約5分後に貸し自転車で到着していた事が確認されている日本人男性に対する事情聴取の可否に関して日本当局に問い合わを行っ ていると男性の実名付きで報じている。

 報道によると、現場付近で目撃された男性は26日に飛行機でバンコクに戻り、サートン通りにあるホテルで一泊した後に日本に帰国している事が確認されているという。


プラヂュアップで候補者が殺害、投票番号は13番

2日昼過ぎ、プラヂュアップキーリーカン県バーンサパーン郡内のゲストハウス内で、現在行われている選挙戦でプラチャーマティ党から出馬しているスポット・ピスートシヤン氏(48、報道により59)が裸の状態で頭部に布を被された上で刺され死亡しているのが発見された。

 死亡したスポット氏の中選挙区内での投票番号は13番だった。

 警察側は、昼前にゲストハウスにチェックインした際にスポット氏と一緒にいた30歳前後の女性が遺体発見直前に血相を変えた表情で一人でゲストハウスを 出てスポット氏の車でどこかに向かった事が確認されていること、またスポット氏が所持していた5バーツ重量の金製のネックレスや金製のお守り9個、5バー ツ重量の金製のブレスレット、2バーツ重量の金製の指輪等が無くなっていることから、強盗目的若しくは女性関係絡みの線が強いと見て、政治絡みの線を含め ながら捜査を開始した。

 スポット氏が所属するプラチャーマティ党は、反タクシン運動激化の端緒の一つになった国王の権限と題した本を出版した、タクシン政権時代に内務副大臣 (序列二位)を務めた事もあるプラムワン・ルヂャナセーリー氏が、これまで忠実な配下として付き従ってきたプラチャラート党のサノ党首に絶縁状を突き付け た後に結党した党。