2011年5月27日金曜日

タリバンの公式ウエブサイト

タリバンによる「政府」が主張する国名「Islamic Emirate of Afghanistan」アフガニスタン・イスラム首長国
公式ウエブサイトである。

http://shahamat-english.com/

警察狙い自爆テロ、25人死亡=ビンラディン殺害の報復テロ-パキスタン

AFP通信

パキスタン北西部カイバル・パクトゥンクワ州のハングーで26日、警察を狙った車両による自爆テロがあり、AFP通信によれば25人が死亡、36人が負傷した。国際テロ組織アルカイダの指導者ウサマ・ビンラディン容疑者の殺害後、軍や米国への報復テロを繰り返している反政府勢力「パキスタン・タリバン運動(TTP)」が犯行声明を出した。
 地元メディアによれば、爆弾を積載した車が警察署への突入を試みたものの、手前の検問所で爆発。警察署や商店などが大きな被害を受けた。
 TTP報道官はAFPに「(ビンラディン容疑者の)殉教に対する小さな攻撃にすぎない。ウサマはこれで満足しないだろう」と述べ、今後もテロを続けると宣言した。




 おそらくアメリカが言うテロ行為は収まりがつかないであろう、タリバン運動からしてみれば止むに止まれぬ抗議の意思表示であってアメリカの血塗られた武力弾圧こそが「国家テロ」にほかならない。
圧倒的な兵力で抹殺される寸前の弱小民族にとって、孤立無援の中で残された唯一の抵抗手段が捨て身の攻撃自爆攻撃、それしか無いのである、おそらく日本が此の様な状態であれば必ずや立ち上が者がいるであろう、国会開催中プラスチック爆弾を身に纏い国会議員諸共爆死する、いることを願っている。




イランラジオ
非同盟諸国の役割

アミーンザーデ解説員

非同盟諸国会議の第16回外相会合がインドネシアで、25日水曜から始まりました。世界120カ国の外務大臣は、インドネシアのバリ島に集まっています。

非同盟諸国会議は1961年、さまざまな目的のもとに結成されました。これらの目的には、兵器の廃絶、人権、テロ、経済問題、地域・国際問題などが含まれていました。しかしながら、これらの目的とは別に、バリ島での会合は、現状において、非同盟諸国会議の将来の道筋において決定を採るための最も重要な会議の一つです。
世界は、過去50年で大きな問題に直面してきましたが、今後50年に向けて明るい未来を描こうとしています。バリ島を訪問しているイランのサーレヒー外務大臣は、この会議で演説を行い、未来を見つめる中でこうした機会を利用することが必要だと強調しました。サーレヒー大臣は、中東や北アフリカでの最近の情勢について触れ、「この情勢の変化は、中東社会からの重要かつ基本的なメッセージを含んでいる」と述べました。さらに、最近行われたNPT核兵器不拡散条約の再検討会議について触れ、「イランは、非同盟諸国と共に、第6条の完全履行を目的に、法的な提案を提示した」と述べました。この提案は、2025年までに核兵器の全廃を目指すものです。
イランはさらに、2006年、人権と文化の多様性に関する非同盟諸国会議の閣僚会議を開催し、その成果の一つとして、非同盟諸国の人権・文化多様性センターの設立を挙げることができます。テロ対策においても、テヘランで、国際テロ対策会議の開催の準備が進められています。また同時にイランは来年、非同盟諸国会議の議長国に就任し、2012年から3年間、議長国をつとめます。
評論家によれば、非同盟諸国は現在、世界運営への影響力ある参入に向け、新たな機会を手にしており、平和と安定、民主主義の拡大に向け、活動を拡大することができます。しかしながら、その目的を推進するには、世界の大国が人権、テロ、兵器廃絶において生じさせている問題を克服し、世界の平和の実現を阻む障害を各国の国民の意志によって取り除くことが必要です。
実際、今日国際社会は、政治、経済面での不平等な関係、世界の多くの国に押し付けられた科学的な遅れに我慢せず、新たな時代に参入すべきだという共通の見解にたどり着いています。こうした変化の結果、今日、世界では「目覚め」の動きが明らかになっているのです。


米、核活動を理由に対イラン制裁を強化


アメリカが、イランの平和的な核活動に対する圧力を強化します。
プレスTVが、25日水曜、アメリカのベン・ローズ国家安全保障問題担当大統領副補佐官の話として伝えたところによりますと、アメリカ政府は絶えず、イランの核活動に対する圧力を強化する意向であるということです。
ローズ副補佐官は、イランとの取引を理由とする外国の企業への制裁行使は、各国際機関にイランとの取引や、イランへの投資を断念させるためであったとしています。
イランに対するガソリンや、それ以外の石油製品の確保には、7つの外国企業が関わっていたとされています。
これら7つの企業のうち、2社は以前にも同じ理由で制裁を受けています。
国連安保理理事会は、2010年6月にアメリカの圧力のもと、イランの核活動が軍事目的を含んでいると主張し、4回目となる対イラン制裁を行使しました。
この制裁が実施されて少し後に、アメリカはさらにイランの金融部門やエネルギー部門に対する独自制裁を発動しています。
イランは、IAEA・国際原子力機関および、NPT・核兵器不拡散条約の加盟国として、これまでに何回も、平和的な核エネルギーを利用する当然の権利を断念することはない、と表明しています。


落花生からカドミウム 中国の有毒食品、ロシアに浸透

大紀元日本

中国の有毒食品がロシア当局を悩ませている。ロシアは最近、中国から輸入した落花生や米、蕎麦(そば)から有毒成分が検出されたため、商品を輸出元に返すという措置をとっていた。ロシア当局は、中国が食品安全の問題を解決しないと、両国間の貿易に影を落としかねないと懸念を示している。米VOAが24日に報じた。

 同報道によると、ロシア農産物監督庁ザバイカル地方支部は、中国から輸入した落花生180トンに人体に有害なカドミウムが発見されたとして、これを輸出元に戻した。

 また、中国と隣接するロシアの沿海地方でも同様な理由でおよそ60トンの「毒」落花生を中国に差し戻していた。ロシア南部のクラスノダル地方や、アディゲ共和国は合わせて175トンの中国産蕎麦を差し押さえた。これらの蕎麦には検査書類がないうえ、異常な匂いと味がするという。

 今年2月にもロシア北東部最大の港・マガダン港で、ロシア国内に入荷する予定の中国産ジャガイモや人参、白菜などの野菜140トンから猛毒の残留農薬が検出されていた。

 ロシアの獣医学・植物衛生管理局の幹部は、これらの事例以外にも、中国から輸入した米などにも多くの問題が存在していると指摘する。肉類に関して、現在ロシアではウサギ肉以外の肉類を中国から輸入することを禁止している。「中国は畜産業を発展させる一環として、ロシアに大量の豚肉と牛肉を輸出することを望んでいるのは分かっている。しかし、今の中国の食品安全水準にはわれわれは不安と不満を感じている」と同幹部は語った。

 さらに、幹部は、中国当局が食品安全の問題を解決し、ロシア人の不安を取り払うことが、両国間の貿易がスムーズに行われる条件だと述べた。肉類の輸入に関して特に「飼料からの安全」が望まれるという。

 もう1つロシア当局を悩ましているのは土壌汚染の問題だ。中国は近年、ロシア、特に極東地方で大量の土地を借りて耕作している。しかし、中国の農民が化学農薬を乱用し、また、使わなくなったビニールを農地に廃棄することなどにより、土壌の汚染が進んでいるという。あるロシア紙は最近、ロシア中部の農村に住む読者からの手紙を紹介した。この読者は、中国の農民が現地で耕作することに反対しているわけではないとしながらも、彼らが過剰に化学製剤を使い、土地を汚染していることに怒りを感じている。「このような問題は中国脅威論を裏付けている」とロシアメディアはコメントしている。


ロシアに毒食物が氾濫するのはいいが、日本への中国輸入物は大丈夫なのだろうか?


タイ
バンコクに発令の治安法、24日で失効・解除

バンコク都内のパトゥムワン、ドゥシット、ラチャテウィーなど7区に発令された国内安全保障法が5月24日で失効し、解除された。同法は軍主体の国内安全保障司令部(ISOC)に▽関係政府機関の動員▽特定の建物、地域への進入禁止▽外出禁止▽集会禁止▽移動禁止――などの権限を与えるもので、反政府デモの取り締まりのため、2月9日に発令された。タイ政府はその後数回にわたり延長を繰り返したが、今月10日に下院が解散、7月3日に総選挙という日程が定まったことで、政治暴動の危険が低下したと判断し、延長を見送った。


次期タイ首相候補1位に野党インラク氏 バンコクでの私大世論調査

タイの私立バンコク大学が5月20―22日にバンコク都内で実施した世論調査(回答者1178人)で、「次期首相に誰を望むか」という質問に、26・9%がタクシン元首相派の野党プアタイの比例代表1位でタクシン氏の妹のインラク氏と回答した。アピシット首相は17・4%で2位だった。3位はソープランドチェーン元オーナーのチューウィット氏で3・6%。

 7月3日の下院選を前にした政党支持率は比例代表がプアタイ25・8%、アピシット首相率いる与党民主党14・7%、小選挙区がプアタイ26・3%、民主15・2%だった。「まだ決めていない」は両方とも約52%。

 インラク氏は政治経験がないことから、アピシット首相の対抗馬としては力不足と見られていた。しかし、北部、中部の政治集会、選挙活動で、エネルギッシュかつ庶民的という、タクシン元首相をほうふつとさせるパフォーマンスをみせ、評価が急上昇している。

 各種世論調査によると、プアタイは全国レベルの支持率でも民主党をややリードしている。アピシット首相はバンコクでの議席数が選挙を左右すると発言していたが、首都でもプアタイに押され気味で、厳しい選挙戦を強いられそうだ。ただ、民主はプアタイの単独過半数を阻めば、中小政党との連立で政権を維持できるとみられ、勝負の行方は依然不透明だ。


 タイの選挙と言えば、殺人や暗殺が付きものですが、日本で考えるほど物騒な話ではないのです、外国人にとっては余り関係の無い話なのですが、さて選挙が終わるまでに何人殺されるのだろうか??やはり物騒な話ですね。

2011年5月20日金曜日

領土紛争地域なのである

韓国独島特別委、日露領土紛争地域「クリル諸島」訪問へ

中央日報日本語版

韓国国会の独島(ドクト、日本名・竹島)領土守護対策特別委員会(以下、独島特別委)の議員らが、日露間で領土紛争中のクリル諸島(北方領土)を訪問することにしたと、韓国ニュース専門テレビチャンネルYTNが20日明らかにした。

YTNによると、独島特別委委員長の姜昌一(カン・チャンイル)議員(民主党)ら10余人はクリル諸島にある国後島を訪れ、ロシア政府・民間団体の関係者とともに領土紛争への共同対応策を議論する予定だ。

国後島は、昨年11月にロシアと日本の領土紛争が浮上した際、ロシアのメドベージェフ大統領が電撃訪問したところ。


日本の対応

ロイター

事実なら抗議=韓国議員の北方領土訪問-菅首相

 菅直人首相は20日午後の参院予算委員会で、韓国の国会議員が北方領土の国後島訪問を計画していることについて「事実関係を確認中だ。確認されれば、きちんとした対応を取る」と述べ、事実確認後に抗議する考えを示した。自民党の佐藤正久氏への答弁。
 韓国議員3人は24日の国後島入りを予定。21、22両日に東京で開催される日中韓首脳会談に出席のため、韓国の李明博大統領が来日することになっており、菅首相は外交的な対応を迫られそうだ。 
 日本政府は「北方領土は日本固有の領土」とする立場だが、ロシアは昨年のメドベージェフ大統領の国後島訪問などで実効支配を既成事実化する動きを強めている。韓国議員の同島訪問は、実効支配を追認したものと受け止められかねず、日本にとって対ロ交渉が一層厳しくなるのは必至だ。


日本政府は何をやっているのか?


「ロシア政府・民間団体の関係者とともに領土紛争への共同対応策を議論するのだ」と言っているのだ。

ロシアと共同戦線を張るぞと、言っているではないか、何を確認しているのだ。

勿論、行くのは韓国民主党であるから、ハンナラ党の李明博が21日に来日するので揺さぶりをかけている部分もある、しかしながら勘違いして揺さぶりをかけられているのは日本側などと思い込んでいる首相官邸?
君たちは粛々と抗議するぐらいしか脳が無いのだから、毅然とした態度で抗議をやり相手に恥を欠かせるくらいの事は遣らなければならないのである、ましてや領土紛争地域であるからして、首脳会談取り止めというくらいの強い態度でも良いのではなかろうか。

何故政治家は領土問題に関して此の様に気薄なのだろうか、一戦交えるのも大いに結構ではないか竹島の問題もあるので朝鮮人と一戦交えようではないか、相手が来るのを待つなどと、もうウンザリである、来ないのならば行くぞと言う覚悟が日本人にも必要ではなかろうか。

2011年5月18日水曜日

私は何回も聞いていたのだ、人が住めるような所ではないのである

 勿論、人が住めないと言っているのはロシア人で尚且つ過酷な千島列島の話で、北方領土の話ではない、北方以北千島列島の話である、彼地は廃村が進み街には人が住んでいないところが多々有るという。
ロシア人には当然住めないところである、原住民或いはアイヌや少数民族も今では街を捨てて出てゆく者が後を絶たないという、皮肉にもそう言う土地は森が出来、動物多様性地域が出来上がっていると言うのである。こう言う事を踏まえれば日本人にしか対応が難しいのである。
ロシア人のすることなど放っておいて良い、ソビエト社会主義連邦が崩壊したように何れ自滅するのだから。



クリル諸島:重要課題は生活の構築

ロシア政府は、クリル諸島の連邦発展特別プログラムへ拠出する資金を倍増する意向。この決定は、ロシアのイワノフ副首相がサハリン州を訪問した際に承認された。
 極東地域の発展に向けられたロシアの関心は、一連の要因を示唆している。主な要因は、好ましくない人口動態の状況だ。問題は出生率の低下ではなく、ロシアのヨーロッパ部へ移る国民の数が増加していることだ。人々は、極東で十分な生活を送る可能性を信じなくなった。この状況を変えることが、特別プログラムの目的だ。

 プログラムの一つは、ロシアで最も東に位置する南クリル諸島のために作成された。ロシア政府で、南クリル諸島の発展を管理するイワノフ副首相は、南クリルの自然の豊かさに心を奪われた。一方で副首相は、同地域の社会・経済状況、建設、生活の質については、発達していないとする考えを表明している。輸送インフラ、エネルギー、社会分野の発展といった、鍵となる3つの問題を解決しなくてはならない。

 イワノフ副首相は、クリル諸島の資源を効果的に利用するために、地熱発電所の建設を提案した。これにより、石炭やディーゼル燃料をクリル諸島まで運び届ける必要がなくなり、自然そのものが提供する、環境に優しいエネルギー源に移行できる可能性がある。

 地質・鉱物学博士のイーゴリ・ダヴィデンコ氏は、この重要性に注目し、次のように語っている。

-最も重要なのは、アイスランドで実施されたことを試すことだ。クリルの温泉を人間のために使うのだ。これは、現在は利用されていない、自然からの無償のエネルギーだ。温泉は流れ出ている。この地域が、自然エネルギーによって自給できるようになる必要がある。

 ダヴィデンコ氏は、クリル諸島発展のためには、資金供給のほかに、この地域に適した最先端の技術を開発する必要があるとの確信を示している。ダヴィデンコ氏は、その時、稀少な自然を壊すことなく、資源を利用することが可能となると述べ、次のように語った。

-最も重要なのは、海洋経済だ。これは、ロシアにおける国民経済の素晴らしい見本となる可能性を持っている。2つ目は、鉱物だ。我々は、金やプラチナそのほかの鉱物の産地があることを知っている。島々を本格的に住み良くする必要がある。

 これら全ての問題は、クリル諸島の社会・経済発展委員会の協議テーマとなった。イワノフ副首相の極東実務訪問には、ナビウリナ経済発展相、バサルギン地域発展相、レヴィチン運輸相、トルトネフ天然資源相も同行しており、問題は、将来に向けて具体的に協議された。

 地域の発展は、観光の発展をも促進する。クリル諸島は、ロシア人のみならず、外国人旅行者のメッカとなる可能性を持っている。住民や投資を誘致するために、全てが総合的に実施される。



IRIBイランラジオから

「イランは、日本との関係拡大に関心がある」


イランのラーリージャーニー国会議長が、「イラン人は、さまざまな分野での日本との関係拡大に関心がある」と語りました。
ラーリージャーニー国会議長は、16日月曜、イラン駐在の駒野日本大使と会談し、両国の政治・国会間の関係の拡大に満足の意を示し、「イラン国会は、日本との政治、経済、貿易の協力レベルのさらなる拡大を支持する」としました。
また、日本を東アジアにおける重要な国であり、世界で高い経済力と工業力を持っているとし、「両国の経済的利益のためには、日本政府が政治的な独立を維持し、イランへの数々の投資の機会を利用することが必要だ」と語りました。
ラーリージャーニー議長は、さらに、日本の衆議院議長をイラン公式訪問に招待しました。
一方の駒野大使も、東日本大震災後のイランの政府関係者や国民のお見舞いに感謝の意を示し、「豊かな文化や文明を持つイランは、日本の被災者を支援する用意を明らかにした最初の国々の中に入っていた。この記憶は、日本の国民と政府、国会にとって忘れられないものとなるだろう」と語りました。
駒野大使は、国会、政治、経済、文化面での日本とイランの良好な関係を指摘し、イラン国会の支援によって、両国の関係の新たな道が開かれるよう、期待感を表明しました。








UEFAヨーロッパリーグ2011年決勝 ダブリン

決勝 - 2011年5月18日 - 20:45CET (19:45 現地時間) - ダブリン・アリーナ - ダブリン


                   ポルト VS  ブラガ

大舞台で実現するポルトガル勢対決
ダブリンで初開催される主要大会の決勝戦で顔を合わせるFCポルトとSCブラガはポルトガル勢同士のため、互いに自己紹介は必要ない。また、両クラブの本拠地は47キロしか離れておらず、この近さはUEFA主催クラブ大会の決勝としては新記録となる。



UEFAチャンピオンズリーグ 2011年決勝 ウェンブリー



決勝 - 2011年5月28日 - 20:45CET (19:45 現地時間) - ウェンブリー・スタジアム - ロンドン



              バルセロナ VS マンチェスターU



5月28日にロンドンのウェンブリー・スタジアムで行われるUEFAチャンピオンズリーグ決勝では、FCバルセロナとマンチェスター・ユナイテッドFCが相まみえることになった。これまで数多くの激戦を繰り広げてきた両者は、新たな歴史を作るべく決勝に臨む。

過去の栄光を今に残すロンドンの街で、現代の2大勢力が、欧州クラブサッカー界最大の栄誉をかけて争うことになった。2年前の2009年にも両者はローマで行われたUCL決勝で激突し、サミュエル・エトーとリオネル・メッシのゴールでバルセロナがユナイテッドを2-0で破っている。だが、UEFA.comがさらに過去の実績をさかのぼったところ、両者の対戦成績は非常に拮抗していることがわかってきた。

1. 過去の対戦
ユナイテッドとバルセロナは1983-84シーズンのUEFAカップウィナーズカップを皮切りに、これまで10試合を戦い、対戦成績は共に3勝4分け3敗。この中には、UEFA主催大会決勝での2度の対戦が含まれる。2009年のUCL決勝はバルセロナが制したが、1991年のUEFAカップウィナーズカップではロッテルダムでの決勝でユナイテッドがバルセロナを2-1で破り、アレックス・ファーガソン監督にユナイテッドで初の欧州カップ戦制覇をもたらしている。2得点を挙げて勝利の立役者となったのは、以前バルセロナに所属していたマーク・ヒューズだった。また、この試合でバルセロナのゴールを守っていたカルロス・ブスケツは、セルヒオ・ブスケツの父親だ。

両チームは1994-95および98-99シーズンのUCLグループリーグでも対戦している。この4試合の対戦成績はバルセロナの1勝3分け。一方、2007-08シーズンの準決勝で対戦した際にはユナイテッドが勝ち抜けている。その翌シーズンには前述のローマでのUCL決勝でバルセロナが早くもリベンジを果たしたが、この2チームの対戦で過去に連勝がないというデータは、前回勝利したバルセロナにとって気になるところだ。

2. ウェンブリーでの経験
当然ながら、ユナイテッドはウェンブリーでの経験が豊富で、FAカップをここで9回獲得している。しかし北ロンドンにあるウェンブリーは、バルセロナにとってもなじみの場所だ。欧州最強クラブを決める会場としてウェンブリーが選ばれたのは史上最多の6度目で、UCLとなってからはこれが初となる。奇しくも今回対戦する2チームには、欧州カップ戦初制覇の場がウェンブリーだったという共通点がある。

1968年、ユナイテッドはエウゼビオ擁するSLベンフィカを延長の末4-1で破り、イングランド勢初の欧州最強クラブとしてトロフィーを掲げた。それから24年後の92年、カタルーニャのビッグクラブも延長戦でUCサンプドリアを破り、次シーズンからUCLに衣替えする欧州チャンピオンズカップ初制覇を果たしている。ジョセップ・グアルディオラ現監督も先発メンバーに名を連ねていたバルセロナは、延長後半にオランダ代表ロナルド・クーマンが得意のFKでようやく均衡を破る決勝点を挙げ、勝利した。

3. 欧州のタイトル
両クラブとも欧州制覇の実績は3回。今回の決勝で4回目の栄冠を手にしたチームは、AFCアヤックスとFCバイエルン・ミュンヘンに並ぶ。その上にはリバプールFC(5回)、ACミラン(7回)、レアル・マドリーCF(9回)しかいない。2009年のローマでのUCL決勝まで、ユナイテッドは決勝で敗れたことがなく、1968年にはベンフィカを、1999年にはバイエルンを、2008年にはチェルシーFCを下した。

バルセロナは6回の決勝進出のうち優勝は3回。上述の2009年のユナイテッド戦のほか、1992年にサンプドリア、2006年にアーセナルを破っている。一方で1961年にはベンフィカ、1986年にFCステアウア・ブカレスト、1994年にミランに敗れ、決勝で涙を飲んだ。ブラウグラナ(バルサの愛称)が今回勝てば、過去6季で3回目の欧州カップ戦制覇となり、21世紀に入ってUCLで3度優勝した最初のチームとなる。

4. ファーガソン対グアルディオラの監督対決
当時36歳のアレックス・ファーガソン監督がアバディーンFCを率いて初の欧州大会出場を果たした1978-79シーズン、グアルディオラ監督はまだ7歳だった。その後の両者の活躍は広く知られるところだが、今回のウェンブリーでの決戦にユナイテッドが勝てば、スコットランド出身のファーガソン監督は自身3つ目の欧州カップを手にすることになる。これはリバプールを1977年、78年、81年に栄冠に導いた同胞のボブ・ペイズリー監督に並ぶ快挙だ。

選手と監督の両方で欧州カップ戦を制した人物は過去に6人いるが、バルセロナのグアルディオラ監督もそのひとりだ。グアルディオラ監督は2009年のUCL優勝でこの偉業を達成し、ミゲル・ムニョス、ジョバンニ・トラパットーニ、ヨハン・クライフ、カルロ・アンチェロッティ、フランク・ライカールトに続いた。うち監督として欧州タイトルを2度獲得したのは、ムニョスとアンチェロッティの2人だけだ。

5. イングランド勢とスペイン勢の決勝
イングランドとスペインのクラブがUEFA主催クラブ大会決勝で対決した例は、これまで15回ある。初対決は1962-63シーズンのカップウィナーズカップ決勝でトッテナム・ホットスパーFCがクラブ・アトレティコ・マドリーを5-1破った試合で、通算対戦成績はスペイン勢の7勝、イングランド勢の8勝。当初優勢だったのはイングランド勢で、最初の8戦のうち6戦を制しており、この中には1980-81シーズンの欧州チャンピオンズカップ決勝でリバプールがレアル・マドリーCFを1-0で下した試合も含まれている。それから20年後の2001年にも、レッズ(リバプールの愛称)は、大会史上屈指と称えられるUEFAカップ決勝でデポルティボ・アラベスを5-4で破っている。

だが、最近の対戦で優勢なのはスペイン勢だ。2005-06シーズンのUEFAカップ決勝ではセビージャFCがミドルズブラFCを4-0で撃破し、クラブ初となる主要大会での栄冠を手にした。その1週間後にパリで行われたUCL決勝でも、バルセロナが10人になったアーセナルを下している。バルセロナはこの3年後の2009年にも同じくイングランド勢のユナイテッドにUCL決勝で勝利し、2010年5月にはアトレティコがハンブルクで行われたUEFAヨーロッパリーグ決勝でフラムFCを破って優勝した。

2011年5月17日火曜日

四海幫ドン逝く、竹聯幫、天道盟とならび台灣三大黑幫

前四海幫幫主 蔡冠倫 5月3日心筋梗塞のため死亡16日葬儀が執り行なわれた。
四海幫の主要活動地域は台灣北部及び中國大陸及アメリカ南カリフォルニア等



極道のドンの葬式で少年25人を確保

極道として60年近く活躍した四海派の元リーダー、蔡冠倫の公開葬式が16日に行われた。式場におよそ1500人の極道が集まり、なかには香港や日本から来た者もいたという。

場内に馬英九総統や呉敦義・行政院長からの花かごもあった。警察側は200人を動員して、少年25人と容疑者2人の身柄を確保したという。


タイニュースクリップ
タクシン元首相の妹を首相候補に、タイ最大野党が総選挙に向け

タクシン元首相派の野党プアタイは16日、党の比例代表名簿1位にタクシン・チナワット元首相の妹のインラク・チナワット氏(43)を選出した。インラク氏はプアタイの首相候補となり、7月3日投票の下院選でプアタイが勝利した場合、タイ初の女性首相となる。インラク氏は選出後の演説で、「兄(タクシン氏)を信頼したように、私にチャンスを下さい」「女性であること生かし、国家の和解を進めたい」などと述べた。 

 次期下院(定数500)選では反タクシン派のアピシット首相率いる与党民主党とプアタイがそれぞれ200議席前後を獲得する見通し。ただ、プアタイは反タイ王室というイメージがあり、王室守護を掲げる特権階級・タイ軍主流派との関係が悪い。現状では特権階級との衝突を嫌う中小政党との連立政権樹立は困難で、単独過半数も難しく、中小政党を自陣に引き込んだ民主党に対し、やや分が悪いとみられている。
 
 国外逃亡中のタクシン氏はこうした状況の中、プアタイの首相候補として、ベテラン政治家のチャワリット元首相(元陸軍司令官)、チャルーム元内相、党内で頭角を現してきたミンクワン元商務相(元トヨタ・タイ法人幹部)らを検討したが、いずれも力不足と判断。2008年のタクシン派サマック政権で操り人形のはずのサマック首相(当時)のコントロールが利かなくなった苦い経験もあり、最終的に、信頼が置ける血縁者で、フレッシュな「タクシン」色を前面に打ち出せるインラク氏を選んだ。

 インラク氏は1967年生まれで、9人兄弟の末っ子。タイ国立チェンマイ大学政治・行政学部卒、米ケンタッキー州立大学経営学修士。タクシン氏が創業したタイ携帯電話サービス最大手アドバンスド・インフォ・サービス(AIS)、チナワット財閥の不動産会社SCアセットなどの社長を務めた。政治経験はほとんどない。事実婚で子供が1人いる。
 
 プアタイの16日の会合には、新たに党に加わったサノ元内相、バントゥーン元予算局長、プラパット元首都電車公社総裁らも姿を見せた。サノ氏は1990年代にキングメーカーとして君臨。2001年の第1次タクシン政権発足にも貢献したが、その後、サノ氏を必要としなくなったタクシン氏とたもとを分かった。2007年の総選挙では自ら設立したプラチャーラート党が9議席を獲得したものの、野党暮らしを余儀なくされた。プラチャーラートはサノ氏がプアタイに参加した後も存続し、プアタイが選挙違反などで解党された場合の受け皿とみられている。

 一方、与党民主党も16日、比例代表名簿の1―10位を公表した。1位はアピシット首相で、2位は1990年代に2度首相を務めたチュワン党顧問会長、3位はバンヤット前党首。若手では5位にジュリン保健相、6位にコーン財務相、8位にアピラック前バンコク都知事が入った。

 タイの過去3回の下院選を振り返ると、2001年は地方・貧困層へのばらまき政策、社会保障政策を掲げたタクシン派政党が単独過半数に迫り第1党となり、第1次タクシン政権が発足した。2005年は1期目で成果を挙げたタクシン派が議席の75%を占め圧勝し、2期目へ。タクシン氏は特権階級との権力闘争に破れ、2006年の軍事クーデターで追放されたが、クーデター政権下で行われた2007年末の総選挙ではタクシン派政党が480議席中230議席を占め第1党となり、政権に復帰した。しかし、特権階級の指示で軍がタクシン派政権と距離を置き、防備の手薄な首相府や空港を反タクシン派のデモ隊が占拠。さらに、2008年末、「司法クーデター」と呼ばれた憲法裁判所によるタクシン派与党の解党で、政権が崩壊した。混乱の中、民主党とタクシン派の一部が軍基地内で密談し、連立政権発足に合意、現在のアピシット政権が誕生した。

 これに対しタクシン派は2010年4月、タクシン氏の巨額の資産の大半が裁判所命令で国庫に没収されたことを機に、支持基盤である地方住民、低所得者層を動員してバンコク都心部を占拠。同年5月19日、タクシン派の占拠地域に治安部隊が突入し、デモ隊を強制排除した。デモ隊と治安部隊の衝突による死者はデモ参加者、兵士、ロイター通信カメラマンの村本博之さんら90人以上、負傷者は1400人以上に上る。

 アピシット首相は混乱収束後、行政・司法などのダブルスタンダード(二重基準)廃止、低所得者支援などによる国家和解をうたったが、進展はみられず、持てる者(反タクシン派)と持たざる者(タクシン派)の対立が解けないまま、今年5月10日に下院が解散された。




〈タクシン・チナワット〉 
 1949年、タイ北部チェンマイ生まれの客家系華人。中国名は丘達新。警察士官学校を卒業後、米国に国費留学し、刑法学博士号を取得。帰国後、警察に勤務するかたわら、官公庁へのコンピュータリース、不動産開発などを手がけ、1987年に警察中佐で退職。その後、携帯電話サービス、通信衛星などを展開するタイ通信最大手シン・グループを育て上げた。
 1995年に政界に転じ、1998年に政党を設立。地方、貧困層へのばらまき政策を掲げ2001年の総選挙で大勝し首相。2005年2月の総選挙も圧勝、首相に再選されたが、2006年9月の軍事クーデターで失脚し、公職追放処分を受けた。2007年末の総選挙でタクシン派が勝利したため、2008年2月に帰国。 8月に出国し、不在中の10月、首相在任中に妻が国有地を競売で購入したことで懲役2年の実刑判決を受けた。その後はタイに帰国せず、主にドバイに滞在している。
 タクシン派与党は2008年12月に選挙違反で解党され、これに伴い、タクシン派政権からネーウィン元首相府相派と中小連立4党が野党・民主党に寝返り、民主党連立政権が誕生した。
 チナワット家のタイ国内の資産約760億バーツはクーデター後に凍結され、タイ最高裁が2010年2月26日、不正蓄財だとして、このうち464億バーツの国庫没収を命じた。

2011年5月16日月曜日

タイのコムローイ、世界写真賞2011




 タイ、チェンマイのロイ・クラトン祭りで夜空に昇っていく無数のコムローイ(紙の熱気球)。2011年度ワールド・フォトグラフィー・アウォード(World Photography Awards)一般公募部門「夜景」(After Dark)カテゴリーで最優秀作品となった。

 撮影したアマチュアカメラマン、チュムロン・ニルコン(Chumlong Nilkon)氏はコムローイについて、「私たちはこれを悩みや心配事が流れ去っていくことの象徴と考えているのです」とコメントした。

Photograph courtesy Chumlong Nilkon, Sony World Photography Awards

ウィキリークス北方領土問題に関する機密資料

 この所ロシアの声は北方領土の話題が多い、何かあると勘ぐっていい訳だが、揺さぶりをかけてきているのは間違いない、なお之に乗せられている日本人も多々見受けられるから用心をした方が良い、何せ世界の火事場泥棒の頭目なのだから
またイワノフ副首相ら一行の国後択捉訪問と今年最初の日本からのビザなし渡航の国後択捉訪問はなにか関係があるのか??

ロシアの声

北方領土の共同開発は現実的な目的か、それとも幻想か?

内部告発サイトのウィキリークスは米国務省と在日米大使館との間に交わされた北方領土問題に関する機密資料をリークした。
 09年の公用文書に書かれた「日本には、北方領土返還交渉のための計画も、計画をより積極的に最後までやり遂げる指導者も欠けている」という指摘は、当時の麻生内閣に信頼できる助言者がほとんどいなかったことをさしている。またこのほかにも、「日本には政府に領土問題の賢い解決方法を提案できるような分析センターが少ない」ことも指摘されていた。

 日本側には四島を要求する権利があることを実証するのが難しいという原因があったとも言える。ロシアはこの問題をずっと簡単に見ている。ロシア戦略評価研究所のアレクサンドル・コノヴァロフ所長は、形式主義がなければ、領土問題をめぐる論争もなかったはずだという見方をしている。

「第2次大戦後の歴史的な時期だけを見れば、クリル諸島はソ連に属していなければならなかった。しかしながら、ソ連は条約への署名を拒否した。なぜならば、日本に米軍基地が残り続けることに賛成できないからだ。もしソ連が条約に署名を行っていれば、この問題はおきなかっただろう。しかし過ぎた事は事実であり仕方ない。60年代当時のソ連指導者フルシチョフは日本に二島返還を行うつもりだった。しかしこれも、在日米軍基地を撤廃することが条件だった。しかし日本は安保条約を延長し、基地はそのまま残った。だからロシアとしては、返還の義務はないものと考えている」

 ロシア側は常に妥協の余地はないものか探っている。10年末12月、メドヴェージェフ大統領がクリル諸島において露日共同の経済プロジェクトの拡大を提唱したことは記憶に新しい。大統領は、クリル諸島に経済特区を作り、日本人も自由に訪問し、就労し、歴史の縁の深い場所を訪れることのできるようにする提案を行っている。ところが日本側はこれを非常に否定的に捉え退けた。日本側がこうした態度をとる以上、領土問題は前に進まない。それでもコノヴァロフ所長は、これを政治の舞台から経済へ移動させれば、近い将来にも解決は可能だとして、さらにこう語る。

「島の返還ないしは引渡しについて今語っても意味がない。ロシアの内政的見地から言えばこれは全く不可能なことだからだ。誰もこれを支持しようとはしないだろう。もし第2次大戦の結果の見直しを提案すれば、その者は政治生命を逸することになるからだ。日本でも同じ状況がある。このことから、この政治問題の解決は次世代に託すほうがいいと私は考える。しかしながら島の引渡しに主眼を置かなければ、この地域の共同開発を語ることはできるし、ビザ制度の緩和ないし廃止を考えることもできる。諸島の共同開発は十分に実現可能な課題だ」

 この地域の開発については、ロシアはこれに関心を持つあらゆる方面に呼びかけを行い、それに中国、韓国の企業が反応を示している。日本の実業界もこの機会を活かさねば、より積極的なロシア近隣諸国が日本のポジションを狭めることになってしまう。


 アメリカも此の様に分析しているのか、次世代に託して島の開発だけをやるふざけた事を言うてはならない
今回明らかになっているが「クリール発展に拠出される資金は2倍に増やされ、130億ルーブル(5億ドル)になる」5億ドルだけ聞けば結構な額に見える、しかしこれは向こう10年以上にわたり拠出される額だということを忘れてはならない年間たかだが30億円ー40億円の額である、何を開発しようというのであろうか
ロシアは喉から手が出る如く日本からの投資がほしいのである、支那や朝鮮が共同で開発投資をなどという話もある、しかし此処は一つ元島民の方には申し訳ないが安易にのせられてはいけないのである、かと言って私に有効な手立てがある訳ではない、しかし此の様な国家社会主義的プロパガンダ工作に乗せられてはいけないのである。





ロシア;クリールへの投資を2倍に

 サハリン州のアレクサンドル・ホロシャヴィン知事は「クリール発展に拠出される資金は2倍に増やされ、130億ルーブル(5億ドル)になるだろう」と伝えた。
 知事の言葉によれば「資金は連邦追加予算から拠出され、一部は地元も負担する。」 又クリール発展のため、民間資本の投資も引き入れる考えだ。

 極東実務訪問中のセルゲイ・イワノフ副首相と地元との協議では、クリール発展の基本的方向性が話し合われ、インフラ整備、社会領域発展及びエネルギー産業振興の必要性が指摘された。

2011年5月15日日曜日

露イワノフ副首相を団長とした政府代表団、ユジノサハリンスクに到着


ロシアのイワノフ副首相を団長としたロシア政府代表団は14日、ユジノサハリンスクに到着した。

 政府代表団は15日、クリル諸島を訪問する。同地では、クリル諸島の社会・経済発展問題を協議するための会合が予定されている。

 代表団は、ナビウリナ経済発展相、バサルギン地域発展相、レヴィチン運輸相、トルトネフ天然資源相をはじめとしたロシア政府の代表者たちで構成されている。


ビザなし交流、11年の日本側第一陣が出発

ロシアと日本のビザなし交流の枠内で14日、日本側からの11年第1陣となる代表団が国後島へ向けて出発した。

 代表団は墓参りのほか、博物館などを見学し、島民とも交流する予定。11年末までに、日本側は南クリル諸島(北方4島)を9回、ロシア側は北海道や京都などを7回訪問する。

 今回の交流は、10年11月にロシアのメドヴェージェフ大統領がロシアの国家元首として初めて国後島を訪問し、日本政府の否定的な反応を呼んで以来、初めてのもの。

 ビザなし交流は、両国民の相互理解の向上、露日の平和条約締結問題解決のために1992年に開始され、今年20年目を迎えた。



何らか、この日にセットしているんだろうな、日本側から国後に入る日とロシア側からクリルに向かう日と一緒なんだな??

2011年5月14日土曜日

CARAT 2011


CARAT 2011 Sailors and Marines man the rails as the dock landing ship USS Harpers Ferry (LSD 49) prepares to moor behind the Royal Thai Navy aircraft carrier HTMS Chakri Naruebet (CVH 911)

今年17回目となるタイ米海軍合同演習「CARAT2011」が11日から20日までタイ湾で行われている。参加している艦艇は両軍合わせ十数隻、兵員数は約3500人。

タイのニュース

ニュースクリップ

タイで下院解散、7月3日総選挙

パニターン・タイ政府報道官代行は9日、プミポン国王の承認を受け、10日に下院が解散されると発表した。総選挙は7月3日に行われる。現在の下院の任期は年末まであるが、アピシット首相(民主党党首)は政治、経済状況を考慮し、現時点で解散総選挙に踏み切った。

 過去3回の下院選を振り返ると、2001年は地方・貧困層へのばらまき政策、社会保障政策を掲げたタクシン派政党が単独過半数に迫り第1党となり、第1次タクシン政権が発足した。2005年は1期目で成果を挙げたタクシン派が議席の75%を占め圧勝し、2期目へ。タクシン氏は特権階級との権力闘争に破れ、2006年の軍事クーデターで追放されたが、クーデター政権下で行われた2007年末の総選挙ではタクシン派政党が480議席中230議席を占め第1党となり、政権に復帰した。しかし、特権階級の指示で軍がタクシン派政権と距離を置き、反タクシン派のデモ隊がほぼ無防備の首相府や空港を占拠。さらに、2008年末に憲法裁判所がタクシン派与党を解党し、政権が崩壊した。混乱の中、民主党とタクシン派の一部が軍基地内で密談し、連立政権発足に合意、現在のアピシット政権が誕生した。

 今回の下院選は小選挙区375、比例代表125の計500議席を争う。世論調査ではタクシン派の野党プアタイと与党民主が僅差で競り合っているが、いずれも単独過半数は難しいとみられている。プアタイは第1党となった場合も、特権階級の干渉で、中小政党との連立工作が難航する見通しだ。単独過半数もしくはそれに近い議席を得て政権に復帰しても、2008年同様、特権階級との対立で政権が立ち行かなる可能性がある。

 民主中心の連立政権が続く場合は過去2年半同様、特権階級・軍の後押しを受け、政権は比較的安定すると予想される。2010年のようにタクシン派が暴動を起こしても、軍の支持があれば最終的には切り抜けることが可能だ。ただ、アピシット首相の後見人的立場とみられるプレム枢密院議長(元首相、元陸軍司令官)は今年91歳と高齢で、世代交代の波が政局を揺るがす恐れがある。

 どちらの党が政権に就いても、経済政策、外資誘致政策に大きな変化はないとみられる。タクシン派は2001―2006年と2008年、民主は1998―2000年と2009年から現在まで政権を担当し、外資の重要度は熟知している。外交面ではタクシン氏はもともと親中で日本との関係はギクシャクしていた上、クーデター後の対応で日本への不満を深めたともいわれ、タクシン派が政権に復帰した場合、日本との関係がどうなるかは未知数だ。

新党、タレント候補 タイ下院選で会見ラッシュ

7月3日の下院選に向け、12日、新党の設立、候補者の擁立などに関する記者会見が相次いで開かれた。

 新党「ラック・タイランド(タイを愛する)党」の設立を発表したのはソープランドチェーン元オーナーのチューウィット氏。バンコク都内スクムビット・ソイ10通りの自宅で開いた会見には「政治家よりイヌのほうが正直だ」と愛犬を連れ登場。92歳の父親が見守る中、野党として政府を監視するなどと語った。

 連立パートナーのチャートタイパタナー党は世界王座を19度防衛したカオサイ・ギャラクシーさん、アトランタ五輪でタイ人として初めてオリンピックの金メダルを獲得したソムラック・カムシンさんら有名ボクサー4人を擁立すると発表した。カオサイさん、ソムラックさんはタイの英雄で、現在は引退してテレビや映画で活躍。お茶の間の人気は高い。

 2008年にタイ首相府やバンコクの2空港を襲撃・占拠した保守派団体「民主主義のための市民同盟(PAD)」系の新政治党は総選挙に参加し、77都県中21県で候補者を立てると表明した。PADは選挙のボイコットとプミポン国王が選任する新内閣の発足を主張し、首相府前で座り込みデモを続けているが、新政治党のソムサック党首は「反民主的な主張だ」として、選挙ボイコットを拒否した。記者会見にスリヤサイ党幹事長が欠席するなど、党の分裂は明らかだ。

 2大政党はタクシン元首相派の野党プアタイが他の政党から移籍した元・前下院議員ら、政権与党の民主党が警察元高官、財閥関係者らの擁立を発表した。


「殺し屋リスト」公開中 タイ警察のウェブサイト

7月3日の下院選を前に選挙絡みの暗殺が増える恐れがあるとして、タイ警察は殺し屋の逮捕に力を入れる方針だ。

 下院は今月10日に解散されたが、同日夜、バンコク郊外で野党の前議員が乗用車を運転中に銃撃を受け、肩などを撃たれ重傷を負った。

 警察は今年に入り、「殺し屋リスト」の上位50人のうち、6人を逮捕、1人を射殺した。「殺し屋リスト」はウェブサイト(http://www.gunman.police.go.th/)で公開中で、逮捕につながった情報には10万バーツの報奨金が出る。

2011年5月11日水曜日

ウィキリークス、「アメリカが日本の原発のテロ対策を憂慮」


アメリカのニューヨークタイムズは、ウィキリークスが公開したアメリカ国務省の秘密文書の情報として、「アメリカ政府は繰り返し、テロ攻撃に対する日本の原発の安全性について懸念を示していたが、そのたびに日本側から拒否されていた」としました。

ニューヨークタイムズは、「アメリカの外交当局が、北朝鮮の攻撃への備えなど、日本のテロ対策が不十分であることに懸念を示した」と報じました。

アメリカ政府は、2007年2月26日の公電で、核燃料再処理工場で、プルトニウム貯蔵施設の役割も兼ねている茨城県東海村の施設に武装警官が配備されていないことについて懸念を示しました。
一方、日本の原子力施設を管理する日本文部科学省は、「武装警官の配備を正当化するほどの深刻な脅威はない」としています。

日本政府は、「この施設は、民間の警備会社によって警備されている」としました。
日本の民間の警備会社は、法的に武装が禁じられています。
また別の公電は、海上からの攻撃に備え、太平洋沿岸にある原発を保護するための沿岸警備隊の用意、はしごや安全カメラなどの設置について触れています。

アメリカ政府は、2007年の公電で、この他、日本文部科学省に対し、東海村の施設の職員の履歴について調査するよう求めていました。

これは、アメリカでは通常に行なわれていることでしたが、文部科学省の回答は、「もしそれが非公式に行なわれたとしても、法的な制限があり、プライバシーの侵害に対する懸念から、日本政府はそれが日常的になるのを許さないだろう」というものでした。

これらの公電は、日本の原発への脅威に対する認識は以前より高まっているとしながらも、その対策、特にテロ対策に関する訓練を非現実的なものとして非難しています。

2006年1月27日の公電では、福井県の美浜原発で実施されたテロ対策訓練は、必要以上に用意周到なものだったとされています。

さらに、同じ年の11月2日の公電では、東海村の施設の訓練が、予め予定されたシナリオ通りであるとして非難されています。

ウォールストリートジャーナルによれば、アメリカ国務省は、8日日曜に発表されたウィキリークスの報告に対するコメントを避けており、日本政府からも、これに関する見解は表明されていません。



「ビンラディンの死により、もはやアメリカが地域に駐留する理由はない」

イランのアフマディネジャード大統領が、アルカイダの指導者ビンラディンの死により、アメリカが地域駐留を継続する理由はなくなったとしました。

アフマディネジャード大統領は、9日月曜、トルコのイスタンブールで開催された第4回国連後発開発途上国会議の傍らで、アフガニスタンのカルザイ大統領と会談し、「ビンラディンの死により、西側諸国が地域諸国での駐留を継続する理由はなくなった。彼らは占領を終わらせるべきだ」と語りました。

また、「ビンラディンの死により、アメリカは地域での活動継続への希望を失っており、アフガニスタン、パキスタン、イラクで、これまでの活動を継続することを自らの利益とは見なしていない」と述べています。


千島の軍装備近代化プラン承認される


 11日、ロシア連邦軍のニコライ・マカロフ参謀総長は「クリール列島に駐留する軍部隊の軍装備近代化プランがロシア指導部により承認された」と伝えた。

 プランは、今年2011年後半に遂行が開始され、プロジェクトは約4年から5年を見越している。

 なおエトロフ及びクナシリ島には、新しい兵力及び第18機関銃・砲兵師団が置かれる事になる。


GHQ彷彿させる官邸へ派遣の米国人 菅総理に代わり決裁権

週刊ポスト2011年5月20日号

焼け野原からの戦後復興に大震災の復興計画を重ね合わせる菅直人・首相は、屈辱の歴史までも真似ようとするのか。GHQ(連合国軍総司令部)に主権を奪われ、自主憲法さえ作れなかったあの時代は、この国の在り方に大きな禍根を残している。だが、菅政権はこの震災対応の中、国の主権を米国に売り払うことで、自らの権力を守り切ろうとしている――。

この国の政府は震災発生以来、「第2の進駐」を受けている。首相官邸ではそれを如実に物語る光景が繰り広げられていた。

菅首相や枝野幸男・官房長官、各首相補佐官らの執務室が並ぶ官邸の4、5階は記者の立ち入りが禁止されているが、そこでは細野豪志・首相補佐官、福山哲郎・官房副長官らがある部屋に頻繁に出入りしていた。部屋の主は、米国政府から派遣された「アドバイザー」で、名前も身分も一切明らかにされていない。

官邸の事務方スタッフは、その素性と役割についてこう説明する。

「その人物は米原子力規制委員会(NRC)のスタッフとされ、官邸に専用の部屋が与えられ、細野補佐官とともに原発事故対応の日米連絡調整会議の立ち上げ作業にあたった。常駐していたのは原発対応のために横田基地で待機していた米海兵隊の特殊兵器対処部隊(CBIRF)が帰国した4月20日頃までだが、その後も官邸に顔を出している。福島第一原発の水素爆発を防ぐために実行された窒素封入や、格納容器の水棺作戦などは、そのアドバイザーとの協議を経て方針が決められた」

原発事故対策統合本部長を務める菅首相に代わって、“決裁権”を握っていたというのだ。

官邸へのアドバイザー派遣は、菅政権の原発事故発生直後にオバマ政権が強く要求したものだった。当初、菅首相や枝野長官は難色を示したが、ルース駐日大使は福島第一原発から80km圏内に居住する米国人に避難勧告を出し、横田基地から政府チャーター機で米国人を避難させるなどして、“受け入れなければ日本を見捨てる”と暗に圧力をかけた。菅首相は3月19日、ルース大使との会談で要求を呑んだとされる。

外国の政府関係者を官邸に入れてその指示を受けるなど、国家の主権を放棄したも同然であり、GHQ占領下と変わらない。

しかも、その人物は「ただの原子力の専門家」ではなかったと見られている。

米国は震災直後にNRCの専門家約30人を日本に派遣して政府と東電の対策統合本部に送り込み、大使館内にもタスクフォースを設置した。3月22日に発足した日米連絡調整会議(非公開)にはルース大使やNRCのヤツコ委員長といった大物が出席し、その下に「放射性物質遮蔽」「核燃料棒処理」「原発廃炉」「医療・生活支援」の4チームを編成して専門家が具体的な対応策を練っている。

「原発事故対応のスペシャリスト」だというなら、統合対策本部や連絡調整会議に参加する方が、情報収集という意味でも効率的な働きができるはずだ。にもかかわらず、その後1か月間も官邸に常駐する必要があったのは、原発対応以外の「特別の任務」を帯びていたからだろう。

米民主党のブレーンから興味深い証言を得た。

「ホワイトハウスが、菅政権に原発事故の対処策を講じる能力があるかどうかを疑っているのは間違いない。だが、すでに原発処理についてはいち早くフランスのサルコジ大統領が訪日したことで、同国の原子力企業アレバ社が請け負う方向で話が進んでいる。

むしろ米国が懸念しているのは、これから震災復興を手掛ける菅政権が危うい状態にあること。オバマ大統領は、普天間基地移設をはじめ、日米間の懸案を解決すると約束した菅政権が続くことを望んでいる。

そのため、ホワイトハウスでは国家安全保障会議などが中心になって、日米関係を悪化させることがないように指導するオペレーションを震災後から展開している。“特別な専門家”の派遣もそのひとつと考えていい」

菅政権は米国の指導の下、国会では震災復興より米国への“貢ぎ物”を優先させた。3月末に年間1880億円の在日米軍への思いやり予算を5年間にわたって負担する「在日米軍駐留経費負担特別協定」を国会承認し、4月28日には、日本政策金融公庫の国際部門である国際協力銀行(JBIC)を独立させる法案を成立させた。

JBICは米軍のグアム移転費用を低利融資する窓口になっているが、法改正によってこれまでは途上国向けに限られていたインフラ輸出への融資を拡大し、先進国も対象にできることになった。

経産省幹部はこう指摘する。

「菅政権は米国への新幹線輸出を進めているが、JBIC独立により、その資金を日本が拠出できることになる。アメリカも満足だろう」




こんなモノは当たり前で今更か週刊ポスト!!日本はアメリカの属国なので当たり前の話ではないか、其れを十分理解していない国民、政府を転覆するにしても、クーデターを起こすにしてもアメリカのお墨付きがないと現状の日本では同しようもないのである。


其れよりも東電の株主責任は一体どうなるのだろうか、良い時だけ儲けて逃げるということはないだろうか?

 今回の震災で、巨額の借金で購入した機械設備が津波で流され、倒産の危機に直面している企業に政府が公的資金を投入して、この企業を救済するとでもいうのか。
 
 今回の原発爆発事故は、東電と政府が、わずか115年前に発生した津波規模の津波に対する備えを怠ったために発生した人災であり、電力事業継続のために政府が公的資金を投入する場合には、その前に、株主責任、金融機関の融資責任が問われることは当然である。
 
 利権政治屋-利権政党-官僚機構-電力会社-電波会社が結託して、株主責任や金融機関の融資責任を曖昧にすることは絶対に許されない。




                  【大使館からのお知らせ】


自称シンガポール人女性による詐欺事案発生に関する注意喚起
(2011年5月11日)

 昨今、邦人を狙った、自称シンガポール人女性による詐欺事案がバンコク都内で発生しています。今後も頻発する可能性もありますので、以下のとおり手口等をお知らせしますので、十分に注意して下さい。

1.事案発生時間帯及び場所は・・・
(1)時間帯~主に夜間
(2)場 所~スクムウィット地区界隈
        (主にBTSのプロンポン駅からトンロー駅までの間)  

2.手口は・・・
 (1)声掛け方法
   突然路上にて、自称シンガポール人女性(他のアジアの国籍を称する可能性もあり)に英語で声を掛けられ、『パスポートを含めお金を全て盗られた。親から海外送金し  て貰う予定である。貴方が持っているクレジットカード口座に振り込むので、カード番号を教えて欲しい。』と頼まれる。

 (2)お金の引き出し方法
   女性が、聞き出したカード番号をどこかに連絡をし、その後、ATMまで連れて行かれ、入金は既にされていると説明を受け、10万バーツ程の引き出しを頼まれる(実は  カードを使ってキャッシングをしているだけ)。

 (3)事案発覚状況
   後日、不審に思いカード会社に連絡し、女性が説明した入金事実が無いことを知り、騙されたことに気付く。

 (4)参考事項
   犯人は、主に単独で行っているようで、主に単独で歩いている邦人を狙って詐欺を働いている。今後、他の地区でも同様の被害が発生する可能性もある。

(問い合わせ先)
○在タイ日本国大使館領事部
 電話:(66-2)207-8502、696-3002(邦人援護)
 FAX :(66-2)207-8511

果たしてこんなものに引っかかる者がいるのだろうか?


尖閣を護れ!国民大集会

愚生が尊敬する同志である鈴木信行さんと村田春樹さんから《尖閣を護れ!国民
大集会》の案内をいただきました。
我が国の領土である尖閣諸島を護るため、声を大にして立ち上がりましょう。
1人でも多くの皆様が参加されることを願い、ご案内いたします。
【三澤浩一】



《尖閣を護れ!国民大集会》


シナの侵略から尖閣を、沖縄を、祖国を護ろう!

全ての愛国者は集合せよ!

シナに侵略されつつある諸民族の大集合!


〔日時〕
5月14日(土)
午後1時30分~4時(1時15分開場)

〔場所〕
みらい座いけぶくろ(豊島公会堂)
豊島区東池袋1―19―11
池袋駅東口徒歩5分
旧三越裏、中池袋公園前

■入場無料

〔司会〕
村田春樹氏

〔基調講演〕
殿岡昭郎先生

〔シンポジウム〕
(司会 殿岡昭郎先生)シナに領土を奪われたアジア少数民族代表が登壇

〔沖縄からの訴え〕
映像説明・仲村覚氏(プロジェクターを使用して沖縄からの報告)

〔決議文朗読〕
荒木紫帆氏

〔閉会と総括〕
鈴木信行氏

〔主催〕
尖閣を護れ!国民大集会実行委員会
 実行委員長 殿岡昭郎先生
 事務局長  村田春樹氏(電話090-7055-2500)




がんばれ日本!!

國の子評論社九州本部長、海難救助犬ラスティ

ラップもがんばってます!!

2010年国別人権報告書――日本に関する部分

米国国務省民主主義・人権・労働局

2011年4月8日発表

日本


 日本は、人口およそ1億2740万人の議会制民主主義国家である。2009年8月の総選挙で民主党が勝利し、ほぼ半世紀にわたる自由民主党による支配が終わった。2010年6月に菅直人氏が、鳩山由紀夫氏の後を引き継ぎ総理大臣に就任した。7月に行われた参議院選挙で民主党が率いる連立政権は参議院での過半数を失ったが、より強い力を持つ衆議院での支配力は維持している。選挙は全般的に自由かつ公正な選挙とみなされた。治安部隊は文民当局の監督下にあった。

 人権問題を扱う非政府組織(NGO)の 報告によると、日本の収容施設と司法制度に問題が見られた。2010年には政府の汚職が数件報告された。セクハラ(性的嫌がらせ)および雇用差別も引き続き報告された。非嫡出子、マイノリティー、外国人に対する差別が問題であった。外国人研修生に対する搾取も依然として問題であった。

人権の尊重

第1部 個人の人格の尊重(以下の状況からの自由)

a. 恣意的または違法な人命のはく奪

 政府またはその職員による、恣意的、または違法な人命はく奪は報告されなかった。

b. 失跡

 政治的動機に基づく失跡の報告はなかった。

c. 拷問およびその他の残酷、非人道的、または屈辱を与えるような処遇または処罰

 法律によりこのような行為は禁止されており、実際に日本政府は、全般的にこれらの規定を順守した。

 3月22日、日本から強制送還される途中だったガーナ人男性が、離陸前の航空機内で手錠をかけられたまま死亡した。司法解剖では死因を特定できず、身体的危害が加えられた形跡もないとのことだったが、この男性の妻は、身元確認の際に遺体にあざがあるのを見たと述べた。入国管理局職員は国会で、このガーナ人男性はタオルで猿ぐつわをかけられ、10人の入管職員によって無理やり席に座らせられたと証言した。警察が過剰な暴力行使の有無について捜査した結果、この10人の入管職員は12月に千葉地方検察庁に送致され、起訴が妥当かどうかを判断されることとなった。

 NGOと外国の外交官は、一部の刑務所で身体的虐待が疑われる事例があったと報告した。少年犯罪者の矯正施設である広島少年院の法務教官4人が、2009年に在院していた約50人の少年に身体的虐待を加えたとして、2010年に有罪判決を言い渡された。この事件を受け法務省は、全国の他の51カ所の少年院にアンケート調査を実施した。その結果、在院中の全少年の2.1%強に当たる71人が、教官から虐待を受けたことがあると回答した。

 日本政府は依然として、死刑囚およびその親族に対し、死刑執行日に関する情報を提供しなかった。死刑囚の親族は、死刑執行後、その事実を告知された。政府は、この方針は受刑者に自分の死期を知る苦しみを与えないためと主張した。死刑囚は死刑執行まで平均約8年間、単独室に収容されたが、親族、弁護士、およびそれ以外の人々との面会は認められた。あるNGOは、死刑囚が何十年も単独室に収容されることもあると報告し、その結果、こうした死刑囚の多くが精神に異常をきたすようになったが、死刑囚の精神的健康の記録の請求は即座に却下されたと述べた。

 NGOは引き続き、刑務所の管理部門が受刑者の単独室収容に関する規則を日常的に乱用していると報告した。懲罰としての単独室収容が認められているのは最長60日間だが、刑務所の運営手続き上は、刑務所長が受刑者を無期限に「隔離」できる。2010年に府中刑務所から釈放されたある受刑者は、刑期の最後の4年間隔離されていた。刑務所側は、単独室収容は、定員いっぱい、あるいは超過状態にある刑務所内の秩序を維持するための重要な手段であると語った。

 自衛隊では新入隊員へのしごき、いじめ、セクハラが報告された。

刑務所および収容施設の状況

 刑務所の状況は、全般的に国際基準に合致したものであった。しかし、いくつかの施設では定員超過で、冬季の暖房または夏季の冷房の不備が見られた。夏の猛暑で刑務所内の温度が極度に上がったため、7月に大阪刑務所で男性受刑者1人が、8月には高知刑務所で女性受刑者1人が死亡した。2件とも、受刑者は保護室(通常、自殺を図る可能性のある受刑者を監視するため使われる)に移された直後に倒れ死亡した。高知刑務所の受刑者はその4日前、熱中症との診断を受け一時的に病院に移されたが、その後刑務所に戻されていた。

 受刑者の権利擁護団体はまた、受刑者が冬季に凍死した可能性があると主張した。一部の施設では、受刑者を寒さから守るための衣類や毛布が十分に与えられていなかった。ほとんどの刑務所は、冬季に夜間気温が氷点下まで下がっても暖房を入れなかったため、受刑者は多岐にわたる予防可能な疾患にかかりやすい状況に置かれた。東京の外国人受刑者は面会した外交官に、心身に有害なほどの寒さや時には凍える環境に長期間さらされたためにしもやけができた手足の指を見せた。

 NGOと外国の外交官の報告によると、一部の施設では食料や医療処置が不十分であった。外国の外交官は、刑務所の食事が不十分なため、筋肉を含む受刑者の体重が大幅に減少している事例を多数確認した。医療処置が遅れたり不十分であった事例が文書に記録されており、その中には既存の疾患がある被拘禁者や受刑者も含まれている。警察および刑務所では特に精神疾患の治療が遅く、精神科の治療を提供するための手続きもなかった。福岡県弁護士会は、ある受刑者がカテーテルによる治療を拒否したにもかかわらず、刑務所の医務官がその使用を繰り返し強要したことに懸念を表明した。その受刑者はその後、カテーテル挿入に起因する尿路感染症にかかった。NGO、弁護士、医者は、警察が管理する留置場ならびに入国者収容施設における医療体制も批判した。入国者収容施設の衛生状態が悪いため、収容者が一般的な真菌感染症にかかった。

 2009年末時点の受刑者数は7万5250人で、2008年からわずかに減少した。この数字には判決を受けた受刑者だけでなく、勾留されている被告人と被疑者も含まれており、そのうち女性は5212人、未成年者は38人であった。刑務所と収容施設で、受刑者は男女別々の施設に収容されていた。刑務所や通常の収容施設では未成年者は成人とは別に収容されていたが、入国者収容施設では未成年者を成人と別の施設に収容することを義務付ける規定はない。

 NGOと外国の外交官は、起訴前の被勾留者が隔離されたまま、最長23日間勾留されることが日常的であり、その間弁護士、あるいは被勾留者が外国人の場合は自国の領事以外との面会が許されなかったと報告した。受刑者の面会はしばしば近親者に限られた。法律により刑務所内では、刑務所の管理の妨げにならない限り、さまざまな宗教上の儀式を行うことが認められている。刑務所は教誨師(きょうかいし)との面談も許可するよう義務付けられているが、面談の頻度と宗教の種類は刑務所によって大きく異なっていた。その結果、日常的に宗教上の儀式を行うことは保証されていなかった。また外国の外交官は、宗教上の会合に参加したいという一部の受刑者の要望を、グループの規模に制限があるとして、刑務官が繰り返し拒否したと述べた。

 受刑者と被勾留者は検閲を受けることなく司法当局に苦情を申し立て、信頼に足る主張であれば非人道的な状況の調査を要求することが認められていたが、調査結果については、最終結論以外の詳細がほとんど書かれていない書簡が受刑者に送られただけだった。

 受刑者と被勾留者を代理する行政監察官はいなかったが、刑事収容施設法令では法務省が管理する刑務所および拘置所と警察が管理する留置場を、独立性を持つ委員会が視察する旨、規定されている。委員には医師、弁護士、地方自治体職員、地域社会の代表、その他の地域住民が含まれていた。2009年4月から2010年3月までの会計年度に、委員会は合わせて194カ所の刑務所および収容施設(起訴前の収容施設を除く)を視察し、刑務官が同席せず756人の被収容者と面会した。委員会は刑務所および収容施設の長に603件の意見を提出したが、そのうち356件が実施済み、あるいは実施中であった。加えて、130件についてさらなる協議または再視察が必要とされ、117件が法務省に伝達された。

 2009年の「出入国管理及び難民認定法」改正で、入国者収容施設に対する同様の独立した視察手続きが設置された。日本の52カ所の少年更正施設を監視する視察手続きはない。

 2010年には、国際赤十字委員会は刑務所の視察を要求しなかった。

d. 恣意的逮捕または留置・勾留

 法律により恣意的逮捕や留置・勾留は禁止されているが、NGOとジャーナリストは、大都市の警察が人種プロファイリングを用い、「外国人のように見える」人、特に肌が浅黒いアジア人やアフリカ系の人に理由なく嫌がらせをし、時には逮捕することもあったと主張した。これらの多くは、警察官が入国書類の提示を合法的に求めた事例だったが、中には警察署まで無理やり連行されて強制的に衣服を脱がされた男性もおり、外国人が警察に尿サンプルを提出するよう求められた事例も数件、新聞で報道された。

警察および治安維持機構

 警察庁および地方警察に対する文民統制は効果的に行われた。日本政府は権利の乱用および汚職を効果的に捜査し処罰する制度を持っている。2010年には、治安部隊が関係する刑事免責の報告はなかった。しかし、一部のNGOは、地方の公安委員会が警察機関からの独立性に欠けている、または警察機関に対する十分な権限を持たないと批判した。

逮捕手続きと留置・勾留中の処遇

 個人の逮捕は、正当な権限を持つ当局者が十分な証拠に基づいて発付した令状により公に行われ、被拘禁者は独立した司法制度により裁かれた。NGOによると、令状は高い頻度で発付され、証拠の根拠が薄弱であっても留置・勾留が行われることがあった。

 法律により、被拘禁者には、その留置・勾留の合法性に関する迅速な司法決定を受ける権利が与えられており、当局は被拘禁者に対して、直ちに容疑を告知しなければならない。当局は通常、逮捕から72時間まで、警察が運営する留置場に被疑者の身柄を拘束することができる。裁判官は被疑者を面接してから、起訴前の勾留期間を10日間ずつ、最長20日間まで延長できる。検察官はこの延長を習慣的に申請し、許可を得た。暴動、外国からの侵略、騒乱などの例外的な犯罪の場合、検察官はさらに5日間の延長を申請できる。NGOは、延長が習慣的に認められるため、勾留の合法性に関する司法判断を迅速に下すという法の目的が損なわれていると指摘した。

 刑事訴訟法により、被勾留者、その親族、または代理人は、裁判所に対して、起訴された被勾留者の保釈を請求することができる。しかし、警察の留置場または法務省が管理する拘置所に勾留されている、起訴前の被勾留者には保釈が認められていない。裁判官は習慣的に検察官の要求する勾留延長を認めるため、「代用監獄」として知られる起訴前の勾留は通常23日間続いた。起訴前に勾留されている被疑者は、尋問を受けることが法的に義務付けられているが、警察庁の指針により、尋問時間が1日最長8時間に制限され、夜通しの尋問は禁止されている。起訴前の被勾留者は、国選弁護士との少なくとも1回の接見を含め、弁護士と接見することができた。受刑者の権利擁護団体によると、実際にこうした接見には時間と回数の両面で引き続き改善が見られた。しかし、取り調べ中に弁護士が同席することは認められていない。親族と被勾留者との面会は通常許可されているが、その際には職員の立ち会いが要求された。 刑事訴訟法第81条により、被疑者が逃亡する、あるいは証拠を隠匿または隠滅すると疑うに足りる相当な理由がある場合に限り、警察は被勾留者が弁護士以外の人物と面会することを禁止できる。薬物犯罪の容疑をかけられている被勾留者の大半を含む、多くの被勾留者は、起訴されるまで隔離されており、領事および弁護士との接見しか許されなかった。検察官は自己裁量で被疑者の自白を一部録音することができるが、NGOは、部分的かつ自由裁量による録音が誤解を招く可能性があると指摘した。警察内部の監督官が取り調べに同席することが増えているが、取り調べに対する独立した監視は行われていない。

e. 公正な公開裁判の拒否

 法律により、独立した司法制度が規定されており、実際に日本政府は、全般的に司法の独立性を尊重した。日本は2009年から、重大な刑事事件に関して裁判員制度を開始した。NGOは裁判員制度により証拠開示手続きが改善されたと述べたが、裁判員が下す無罪判決を検察官が尊重するかという点についてはまだ懐疑的だった。裁判員裁判で全面無罪判決が下った最初の2件は控訴されたが、2010年末時点で裁判官による控訴審はまだ始まっていなかった。

審理手続き

 法律により、すべての国民に公正な裁判を受ける権利が与えられており、また起訴された個人がそれぞれ独立した裁判所で公開裁判を受けること、弁護人を得られること、そして反対尋問の権利を与えられることが保証されている。被告は、法廷で有罪と証明されるまで推定無罪と見なされる。また被告は、自己に不利益な供述を強要されない。

 国連拷問禁止委員会(CAT)、NGOおよび弁護士は、実際に被告が推定無罪とみなされているかどうかに疑問を呈した。NGOによると、起訴された被勾留者の大半は、警察に勾留されている間に自白した。被疑者が強制的に犯行を認めさせられることがないように、また被疑者が本人の自白のみを証拠に有罪判決を受けることがないようにするための保護手段が存在する。国家公安委員会は2009年に、警察官が被疑者に接触すること(やむをえない場合を除く)、物理的な力を行使すること、脅迫すること、被疑者に長時間一定の姿勢を取らせること、言葉で虐待すること、自白を引き出すために被疑者に好ましい申し出をすることを禁止する規則を施行した。被疑者の弁護士が取り調べに立ち会うことは認められていない。

 NGOはこの新しい規則が適切に実施されておらず、被勾留者は引き続き8時間から12時間に及ぶ長時間の尋問を受け、その間ずっと手錠で椅子につながれたままであり、強引な尋問方法が用いられている、と報告した。NGOはまた、不正行為ではあるが、取調官が、被勾留者の自白と引き換えに保釈を申し出ることもあったと述べた。日本弁護士連合会によると、2009年4月から2010年3月の間に、尋問に関する指針に違反する事例についての報道が29件あった。勾留中の男性が9月に自分への取り調べの様子をひそかに録音し、その後検察に告訴した事件では、12月に大阪の警察官が脅迫罪で起訴された。

 警察の留置場の使用は、被疑者が取調官の監督下に置かれることになるため、批判された。日本政府は、「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」第16条により、留置業務と捜査業務は分離されている、と述べた。逮捕された被疑者の大部分が警察の留置場に送られ、法務省が管理する拘置所に収容された被疑者の割合はそれよりも大幅に少なかった。2009年には裁判所で審理された事件の99%以上で有罪判決が下された。独立した立場の法律学者は、日本の司法は自白を重視しすぎると主張したが、日本政府はこれに異議を唱えた。

 警察での自白に基づいて有罪判決が下り、後に無罪であることが証明された複数の事例についてマスコミが報道した。7月には、「布川事件」で1967年に自白により殺人の有罪判決を受けた男性2人の再審が始まった。彼らは1996年に仮釈放されたが、自白は強要されたものだと主張し、無実を訴えてきた。警察による尋問の録音テープの改ざん等の新しい証拠が見つかり、最高裁判所は再審を決定した。審理は2010年12月10日に終了し、2011年3月に判決が下される予定であった。

 一部の独立した立場の法律学者によると、審理手続きは検察側に有利となっているということだが、日本政府はこの見解に異議を唱えた。法律により、弁護士との接見が認められているにもかかわらず、かなりの数の被告が、弁護士との接見不足を報告した。法律では、被告側の弁護士が開示手続きの条件を満たすことができる場合を除いて、検察官による資料の全面開示を義務付けていない。このため実際には、検察側が裁判で使用しなかった資料が隠されることもあった。その結果、一部の被告の法定代理人は、警察の記録にある関連資料を入手できなかった、と主張した。一部の事例では、上訴に当たり、被告側弁護士は無罪を証明できる可能性のあるDNA鑑定の証拠を入手することができなかった。これらの事例で警察は、すべての証拠は一審での審理の後に破棄された、と回答した。被告側の弁護士への証拠の開示に関する政府の公式の立場は、DNA鑑定を含むいかなる証拠も、刑事訴訟法の開示手続きを踏むことで、「条件が満たされれば」開示できる、というものである。郵便不正事件で公務員が裁判にかけられた事件で、9月に大阪地方検察庁の主任検事が証拠改ざんの容疑で、また10月には同特捜部長および副部長が犯罪行為を隠ぺいした容疑で逮捕された。12月にはこのスキャンダルを受けて、検事総長が辞任した。

 言葉の壁は外国人の被告にとって深刻な問題であった。裁判官、弁護士、および日本語を話せない被告との間で、効果的な意思疎通を確保するためのガイドラインはなかった。外国人被拘禁者の中には、適切に翻訳されておらず理解できない日本語の供述書に署名することを警察に強要されたと主張する者もいた。法廷通訳者になるための標準的な免許制度あるいは資格取得制度はない。翻訳や通訳なしでは裁判を進めることはできない、という日本政府の主張にもかかわらず、翻訳や通訳がない状態でも裁判は進行した。2010年警察白書によると、県の警察は、外国語の技能を持つ警察官またはその他の職員を、尋問の際の通訳者として利用できるようにした。

政治囚と政治的被拘禁者

 政治囚または政治的被拘禁者が存在するとの報告はなかった。

民事司法手続きと救済

 民事事件に関しては、独立した公正な司法制度がある。個人は、人権侵害に対する損害賠償、あるいは人権侵害の中止を求める訴訟を起すことができる。不正行為の申し立てに対しては、行政による救済措置と司法による救済措置の両方がある。

f. プライバシー、家族、家庭、または信書に対する恣意的な干渉

 法律により上記のような行動は禁止されており、実際に日本政府は、全般的にこれを順守した。

第2部 市民の自由の尊重

a. 言論と報道の自由

 法律により言論の自由と報道の自由が規定されており、実際に日本政府は、全般的にこうした権利を尊重した。独立した報道機関、効果的な司法制度、および機能する民主的政治制度が相まって、言論と報道の自由が確保された。

インターネットの自由

 政府によるインターネットへのアクセス制限はなかった。また政府が電子メールまたはインターネット・チャットルームを監視したとの報告もなかった。個人および団体は、電子メールを含むインターネットを使って、平和的に意見を表明することができた。日本の人口の約78%がインターネットを利用した。

学問の自由と文化的行事

 政府が学問の自由や文化的行事を制限することはなかった。文部科学省による歴史教科書検定、特に20世紀に関係する特定の題材の扱いが引き続き論争になった。教科書の執筆者の一部は、文部科学省が執筆者の意図した意味をゆがめるような形で文章を編集した、と非難した。国歌と国旗は、依然として論議の的となる象徴であった。2008年4月から2009年3月までの間に、69人の教員が国旗掲揚時に国歌を斉唱することを拒否して処分を受けた。

b. 平和的な集会および結社の自由

 法律により集会と結社の自由が規定されており、実際に日本政府は、全般的にこれらの権利を尊重した。

c. 信仰の自由

 信仰の自由に関する詳しい記述は、「信仰の自由に関する2010年国際報告書」を参照。

d. 移動の自由、国内避難民、難民保護および無国籍者

 法律により、国内の移動の自由、外国旅行、移住、本国帰還の自由が規定されており、実際に日本政府は、全般的にこれらの権利を尊重した。日本政府は、国連難民高等弁務官事務所およびその他の人道支援組織と協力して、難民、亡命希望者、およびその他の関係者について保護と援助を行った。

 法律により国外追放は許可されておらず、政府がこれを実行することもなかった。

難民の保護

 日本の法律は、亡命者の保護あるいは難民の認定を規定しており、日本政府は難民を保護する制度を確立している。政府はまた、タイの難民キャンプで暮らしていたビルマ人の難民27人が参加する小規模の第三国定住プログラムを開始した。

 実際に政府は、帰国した場合、人種、宗教、国籍、特定の社会グループの一員であること、または政治的見解を理由に、生命や自由が脅かされると考えられる国への国外退去あるいは送還から、難民をある程度保護した。政府はまた、難民と認定されない可能性のある個人に一時的な保護を提供した。2009年にこうした保護を受けた人は501人だった。

 難民と亡命申請者は、難民審査参与員制度の下での異議申し立て審問への参加を弁護士に依頼することができた。しかし実際には、難民に対する法的支援が限られていることと、亡命問題に取り組む弁護士の数が少ないことから、難民や亡命申請者が法定代理人を得る機会は限定されていた。法務省が設立した日本司法支援センター(法テラス)で、亡命申請者と難民を含む外国人に無料の相談サービスが提供されたが、このセンター以外には、亡命申請者の弁護士費用を賄うための公的資金援助はなかった。資金を持たない亡命申請者のために働く弁護士は、日本弁護士連合会に資金援助を申請することができた。

 国連のCAT、NGOおよび弁護士は、亡命申請が却下されてから強制送還されるまで、亡命申請者が無期限に、しばしば長期にわたり収容されていることを批判した。移民の人権に関する国連特別報道官は、亡命申請者などの非正規移民を長期間、時には3年もの間収容するという政策について懸念を表明した。NGOは、亡命申請の拒絶理由の説明が不十分なため、異議申し立てが難しくなっていると考えた。2010年には仮放免が認められなかった亡命申請者が、自殺、自殺未遂、ハンガーストライキを行った事例が相次いだ。法務省は2010年に、亡命申請手続きを簡素化して申請者が収容される時間を短縮するプログラムを実施した。このプログラムでは、収容されている全ての亡命申請者の案件を四半期ごとに調査し、一次審査の決定は申請から6カ月以内に下さなければならないと規定している。このプログラムにより、収容されている亡命申請者の数は近年で最も低い水準になった。

 国連人種差別撤廃委員会(CERD)は、一部の国からの亡命申請者が優遇される一方で、その他の国からの申請者が危険の及ぶ可能性がある場所に強制送還されることもあったと報告した。

 難民申請者は、一定の条件を満たさない限り、通常働くことが認められなかった。難民申請者が就業する法的権利を得るには、その人が困窮しており、政府のシェルターまたはNGOの支援に完全に依存していなければならない。当面の間、政府が出資する財団である難民事業本部が、少額の給付金を支給する。しかし申請者数の増加に伴い予算が不足し、給付条件が厳しくなったため、多くの申請者が給付を受けられなかった。

 難民は、他の外国人と同様、住居、教育、雇用の機会を制限される差別を受けた。上記の条件を満たす人を除き、難民認定が未決、または異議申し立て手続き中の人は、就業したり社会福祉を受ける法的権利がなく、過密状態の政府のシェルターや、労働法の監督対象にならない違法な雇用、またはNGOの援助に頼るしかなかった。

第3部 政治的権利の尊重――国民が政府を変える権利

 法律により、平和的に政府を変える権利が国民に与えられており、日本国民は、普通選挙権に基づいて定期的に行われる自由かつ公正な選挙を通じて、この権利を行使した。

選挙と政治参加

 7月に参議院選挙が行われ、民主党率いる連立政権が衆参両院で多数派を占める状態が終わった。自由かつ公正な選挙が行われたと見なされた。政党は制約または外部からの干渉を受けることなく活動した。

 衆議院では480議席中52議席、参議院では242議席中44議席を女性議員が占めた。2010年末時点で女性知事が3人いた。18人の閣僚のうち2人が女性であった。民族に基づくマイノリティーの中には複数の民族の血を引いている人もおり、またマイノリティーであることを自ら明らかにしないため、民族に基づくマイノリティーの中で国会議員となった人の数を把握するのは難しかった。3人の国会議員が帰化して日本国民となったことを認めた。

第4部 政府の汚職と透明性

 法律により、公務員の汚職には刑事罰が規定されており、日本政府は全般的に法律を効果的に執行した。独立した立場の学識経験者は、政・官・財のつながりは密接であり、汚職は依然として懸念される問題だと述べた。2010年の上半期に、警察庁は20件の贈収賄事件と4件の談合事件で逮捕者が出たと報告した。小沢一郎・元民主党幹事長の起訴を求める検察審査会の決定など、著名な政治家および公務員が関与した財務会計に関する不祥事の捜査がたびたび報道された。9月には、鈴木宗男衆議院議員に対する収賄の有罪判決が確定し、2年間の懲役のため収監された。2009年に始まった鳩山由紀夫首相(当時)の政治資金虚偽記載問題に関する捜査の結果、4月に鳩山氏の側近に有罪判決が下された。鳩山氏は不起訴となった。

 政治家に財務情報開示を義務付ける法律は存在するが、取り締まりは十分に行われていない。

 一般市民には、政府の情報を入手する法的な権利がある。政府が情報公開の合法的な要請を拒否したり、情報入手のために法外な料金を課したとの報告はなかった。

第5部 人権侵害の疑いに対する国際機関および非政府機関の調査に対する政府の姿勢

 国内外の多くの人権団体は、全般的に、政府による制約を受けずに活動し、人権侵害の事例について調査し、調査結果を公表した。政府関係者は、全般的に協力的であり、こうした団体の見解に対応した。

 日本政府は国際政府機関と協力し、国際移住機関や国際労働機関など国連その他の国際政府機関の代表の訪問を許可した。

 人権団体は、日本には独立した国の人権機関がまだ設立されていないこと、既存の人権委員会が法務省に報告していることを指摘した。国のレベルで行政監察機関が存在しなかった。国会には公式の人権委員会はなかったが、死刑廃止など人権関連問題を扱う非公式のグループが存在した。

第6部 差別、社会的虐待、人身売買

 法律により、人種、性別、障害、言語、および社会的地位に基づく差別は禁止されている。政府は全般的にこれらの規定を執行したが、女性、民族に基づくマイノリティー、および外国人に対する差別の問題は残っている。

女性

 法律により、配偶者間の場合も含め、女性に対するあらゆる形の強姦が犯罪とされており、政府は全般的に、この法律を効果的に執行した。警察庁の統計によると、2009年に報告された女性と少女に対する強姦事件の件数は1402件、2010年上半期は571件であった。2009年に検察が起訴した強姦事件は662件だった。多くの警察署には、秘密を守って被害者の女性を支援するための女性職員がいた。

 女性に対する配偶者からの暴力は法律で禁止されているが、依然として問題であった。法務省の統計によると、2009年には「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」に基づき、70人が起訴された。地方裁判所は、脅迫あるいは虐待を受けている配偶者と20歳未満の子どもを保護するため、配偶者からの暴力の加害者に6カ月間の接近禁止を命ずる保護命令を出すことができ、違反者には懲役1年以下または100万円(約1万2150ドル)以下の罰金を科すことができる。2009年に、裁判所は3087件の保護命令申請のうち2411件を受理した。このうち526件が申請取り下げとなり、150件が却下された。この法律は、内縁関係にある者や離婚している者にも適用されるが、虐待の被害者の親せきや暴力で脅された者にも適用される。警察庁の統計によれば、2009年に報告された配偶者からの暴力件数は2万8158件で、女性が全被害者の98%以上を占めた。配偶者暴力相談支援センターは、2009年の相談件数は7万2792件であり、女性が被害者であった事例が全体の99%以上を占めたと報告した。

 職場におけるセクハラはまだ広範囲に見られた。3月までの12カ月間に厚生労働省が受けたセクハラの相談件数は1万1898件に上り、そのうち60%超が女性労働者からの相談だった。法律では、セクハラ防止を怠った企業名を明らかにする措置が規定されているが、違反した企業の名前を公表する以外には、順守させるための懲罰的措置はない。政府は、都道府県の労働局雇用均等室にホットラインを設置し、セクハラに関する相談に対処し、可能な場合は紛争を仲裁する義務を課した。

 歴代の日本の政治指導者による謝罪にもかかわらず、多数のNGOが、「慰安婦」(第2次世界大戦中に売春を強要された被害者)に対する日本の謝罪と補償が不十分であると引き続き批判した。日本政府は、政府が発足させた民間基金を通じて補償金を支払い、反省の意を表明し、被害者に謝罪した。

 夫婦と個人は、自由に、かつ責任を持って、子どもの数、年齢差、出産のタイミングを決めることができた。また差別や暴力を受けたり、強制されることなく、こうした決定を下すための情報と手段を得ていた。女性は避妊法と妊産婦医療サービスを利用することができ、出産時には、不可欠な産科治療や分娩後のケアなどを含む、熟練した看護を受けることができた。2008年の妊産婦死亡率は、出産数10万件に対して6.8件であった。男性も女性も、HIVを含む性感染症の診断と治療を平等に受けることができた。

 法律により性差別は禁止され、全般的に女性には男性と同じ権利が与えられている。内閣府の男女共同参画局は引き続き、男女共同参画に関する政策を検討し、その進捗状況を監視した。同局の「2010年版男女共同参画白書」は、男女共同参画社会基本法施行から10年以上たった今も、女性の社会参加は依然として不十分であると結論づけ、働く女性に加えて男性や専業主婦に働きかける男女共同参画の意識改革を求めた。

 雇用における不平等は依然として社会に残っていた。女性は全労働力の41.9%を占めており、その比率は2009年と変わらなかった。女性の平均月給は22万6100円(約2750ドル)で、男性の平均月給(33万3700円または4050ドル)の約3分の2にとどまった。女性の管理職は全体の10.7%に過ぎず、雇用されている女性の70%が第一子の出産後に退職した。

 2009年8月に、国連女子差別撤廃委員会は、日本の性差別撤廃措置を実施する努力が不十分であるとし、民法における差別的な条項、労働市場での女性に対する不平等な扱い、選挙で選ばれた高位の議員の中に女性が少ないことを指摘した。同委員会は日本に、女性にのみ適用される、民法の離婚後6カ月間の再婚禁止規定の廃止、選択的夫婦別姓制度の採用、非嫡出子を差別する民法および戸籍法の条項の撤廃を要請した。日本政府は、こうした懸念事項の一部に対処する国籍法と民法の改正点を挙げた。その中には姓の選択の問題を解決する措置、夫の年金に対する妻の権利の確立、子どもの親権問題での女性に対する法的保護の向上などが含まれていた。

子ども

 国籍法では、子どもの父親がその子の母親と結婚しているか、子どもを認知している場合、子どもの母親が日本人である場合、または子どもが日本で生まれ、その両親が不明あるいは両親に国籍がない場合に、生まれた子どもに日本国籍を認めている。

 児童虐待の報告件数は増加を続けた。2009年4月から2010年3月までの間、親あるいは保護者による児童虐待の可能性があると全国児童相談所に報告された事例は4万4210件に上り、前年度と比べて1500件以上増加した。警察庁によると、2009年には335件の児童虐待の事例で逮捕者が出た。親や保護者による虐待によって死亡した子どもは28人だった。子どもの安全をより確実に確保するため、地方自治体は、虐待が疑われる親または保護者を児童福祉職員が面接し、必要に応じて支援を提供することを義務付けた。必要な場合には、虐待が疑われる家庭を立ち入り調査しなければならないが、その際には警察が援助する。法律により、児童福祉当局には、虐待する親が子どもと面会すること、あるいは連絡を取ることを禁止する権限が与えられている。また法律により、しつけの名目での虐待が禁じられているほか、疑わしい状況に気づいたものは誰であろうと、全国各地にある児童相談所または地方自治体の福祉事務所に報告することが義務付けられている。

 児童買春は違法であり、法律に違反した者は、あっせん業者や勧誘業者を含め、3年以下の懲役もしくは100万円(1万2150ドル)以下の罰金に処せられる。しかし「援助交際」や、出会い系サイト、ソーシャル・ネットワーキング、「デリバリー・ヘルス」のサイトを使ってのあっせんが容易であることから、事実上の国内児童買春ツアーが問題となった。法定強姦に関する法律がある。性的同意年齢は管轄区域によって異なり、13歳から18歳までと幅がある。法定強姦をした者は、2年以下の懲役に処せられる。

 日本は依然として、児童ポルノの製造および取引の国際的な拠点であった。児童ポルノの配布は違法であり、3年以下の懲役もしくは300万円(約3万6460ドル)以下の罰金に処せられる。児童ポルノの配布は違法だが、法律では、幼い子どもに対する残酷な性的虐待を描写している場合が多い児童ポルノの単純所持を処罰化していない。このため現行の児童ポルノ処罰法の効果的な執行や、この分野における国際的な法執行への参加に向けた警察の取り組みが引き続き妨げられているが、児童ポルノの捜査件数は2009年に40%増加して935件となった。7月に発表された新たな対策には、インターネット・サービス・プロバイダー(ISP)による児童ポルノが掲載されているウェブサイトに対する閲覧防止措置(ブロッキング)の自主的導入の促進、外国の警察との連携強化、捜査人員の増強が含まれていた。これらの対策は、現行の法律を変えずに児童ポルノ問題に取り組むために策定された。しかし子どもの権利擁護団体は、このブロッキング対策がISPや携帯電話のデータサービス・プロバイダーに児童ポルノの画像のブロッキングを義務付けておらず、実際には法律により、プロバイダーによるインターネット利用者のアクセスの検閲が禁止されているとして、この対策を批判した。

 またこの対策は、性描写が露骨なアニメ、マンガ、ゲームが自由に入手できるという問題に対処していない。警察庁はこれらのアニメ映像と子どもへの性的虐待の関連性は証明されていないと主張したが、この状況が子どもに対する性的虐待を容認する文化をつくり出し、子どもに害を及ぼすと示唆する専門家もいた。

 日本は「1980年国際的な子の奪取の民事面に関する条約(ハーグ条約)」を批准していない。親による国際的な子どもの連れ去りに関する情報は、ハーグ条約の順守状況に関する国務省の年次報告書と、国別情報を参照。

反ユダヤ主義

 日本国内のユダヤ人の人口は約2000人である。反ユダヤ主義の活動は報告されなかった。

人身売買

 人身売買に関する情報は、国務省の「人身売買年次報告書」を参照。

障害者

 法律により、雇用、教育、および医療において身体障害者や精神障害者に対する差別は禁止されており、日本政府は全般的にこれらの規定を執行した。しかし、日本弁護士連合会は、差別が定義されていないため、司法的救済による法的強制力を持たないと抗議した。2009年12月に政府は、国連の「障害者の権利に関する条約」を批准するため、国内法整備に向けて障がい者制度改革推進会議を設置した。

 障害者は、全般的に、雇用、教育、またはその他の公共サービスにおいて公然と差別されることはなかったが、実際には、こうしたサービスの利用は制限されていた。

 法律により、政府および民間企業は、障害者(精神障害者を含む)を一定の比率以上雇用することが義務付けられている。従業員300人以上の民間企業がこれを順守しなかった場合は、法定雇用数に足りない障害者1人当たり毎月5万円(約600ドル)の罰金を支払わなければならない。政府による障害者雇用は最低基準を超えていた。厚生労働省のデータによると、民間部門の障害者雇用は過去数年間で増加が見られたものの、公共部門に遅れを取っていた。従業員数が56人より多い民間企業を対象にした2009年の調査では、従業員の1.6%が障害者であることがわかった。

 公共施設の新たな建設プロジェクトでは、障害者のための設備を整備することがアクセサビリティに関する法律で義務付けられている。また政府は、病院、劇場、ホテル、およびその他の公共施設の経営者が、障害者用の設備を改善または設置する場合には、低金利の融資および税控除を受けることを認めている。

 NGOによると、住所不定と見なされたことが理由で、老齢年金、障害者年金、および生活保護手当てを受給できないホームレスの数は推定2万人であった。社会福祉制度による保護が十分でないこと、そしてホームレスであることで社会的な汚名を着せられていることを理由に、かなりの数の高齢者とホームレスの人々が、刑務所に入って食料とシェルターを得るために軽犯罪に及んだ、とNGOは報告した。調査によると、一部の刑務所では、累犯者の最高60%を精神障害者が占める可能性が示された。また調査では、累犯者の中で、社会福祉サービスを受けていないホームレスの人々が大きな割合を占めることも示された。警察および刑務所では特に精神疾患の治療が遅く、精神科の治療を提供するための手続きもなかった。

 NGOと医師によると、精神障害者は汚名を着せられ、教育と就職でも障害に直面した。精神衛生の専門家は、精神障害の汚名を軽減し、うつ病やその他の精神疾患は治療可能な、生物学に基づく疾患であることを一般の人々に知らしめる努力が十分になされていないと述べた。

国籍・人種・民族に基づくマイノリティー

 民族に基づくマイノリティーは、その程度はさまざまであるが社会的差別を受けた。およそ300万人いる部落民(封建時代に「社会的に疎外された者」の子孫)は、政府による差別は受けていないが、根深い社会的差別の被害者となることが多かった。国連のCERDと部落民の権利擁護団体は、多くの部落民が社会経済的状況の改善を実現したにもかかわらず、雇用、結婚、住居、不動産価値評価の面での差別が横行している状況が続いたと報告した。公式に部落民というレッテルを貼って部落出身者を識別することはもうないが、戸籍制度を利用して部落民を識別し差別的行為を促すことが可能である。部落民の権利擁護団体は、就職希望者の身元調査のため戸籍情報の提出を求める多くの政府機関も含め、雇用者が戸籍情報を使って部落出身の就職希望者を識別・差別する可能性がある、と懸念を表明した。

 日本に住む大勢の韓国・朝鮮人、中国人、ブラジル人、およびフィリピン人の永住者は、その多くが日本で生まれ育ち、教育を受けていたが、差別に対する法的な保護措置があるにもかかわらず、住居、教育、医療、および雇用の機会の制限など、さまざまな形で根深い社会的差別を受けた。日本に住むその他の外国人居住者や、「外国人のように見える」日本国民も似たような差別を報告しており、さらにホテルや温泉など一般の人々にサービスを提供している民間施設への入場を、時には「日本人限定」と書かれた看板によって禁じられた、と述べた。NGOは、差別が通常あからさまで直接的であると指摘して、差別の禁止に向け政府が何の措置も取らないことを批判した。

 旧社会保険庁の通達により、外国人語学教師の場合には、日本人の語学教師と比較し、雇用者が年金と健康保険料の雇用者負担分の支払いを避けることが明らかに容易になっていた。教師の労働組合は、この通達によって、不法に外国人教師を社会保障システムに参加させなくても雇用者は責任を問われないと述べた。

 多くの外国人の大学教授、特に女性の教授が、終身在職権を得る可能性がない短期契約で雇用されたと不満を述べた。

 日本国民の間で、「外国人」(その多くは日本で生まれた民族に基づくマイノリティー)が犯罪のほとんどを起こしているとの認識が広がっていた。法務省の統計によると、入国管理法違反を除外すると、外国人の犯罪率は日本国民の犯罪率より低いにもかかわらず、マスコミが日本人以外の犯罪を過度に報道してこのような認識を助長した。帰化した日本国民を含む長期の外国人居住者は、特に警察から標的とされたと報告した。

 多くの移住者は、帰化を阻む障害の克服に苦労した。そうした障害には、審査を行う担当官に広範な自由裁量が認められていること、日本語の能力が極めて重視されることなどがある。日本に5年間継続して居住した外国人は、帰化および国籍取得の申請資格を与えられる。また、帰化手続きには厳しい身元調査が必要であり、申請者の経済状態や社会への適応状況なども調査される。日本政府は、この帰化手続きは、外国人が社会にスムーズに同化できるようにするために必要であると主張した。

 日本にいる約60万人の韓国・朝鮮人が永住権を持っていたり、日本に帰化していた。一般的に、社会がこうした人々を受け入れる状況は着実に改善されつつあった。2009年には、前年比で微増の7639人の韓国・朝鮮人が日本に帰化申請した。申請の大多数が許可された。帰化しないことを選択した韓国・朝鮮人は、市民的および政治的権利の面で困難に直面した。

 一部の民族学校の代表は、自らの学校を教育機関として認定し、その高校の卒業生に大学や専門学校の入学試験受験資格を認めるよう、引き続き政府に求めた。文部科学省は、国際的な評価団体によって日本の小・中・高12年間の学校制度と同等と認定された民族学校の卒業生は、大学あるいは専門学校の入学試験を受けることができると述べた。

 2010年には、外国人や日本生まれの民族に基づくマイノリティーに対する、移民排斥主義団体による嫌がらせがますます活発になった。8月には、京都朝鮮第一初級学校で児童に対し言葉による嫌がらせなどの示威運動を行った4人の外国人排斥団体のメンバーが逮捕された。

先住民

 アイヌは他のすべての国民と同じ権利を享受したが、明らかにアイヌであると識別されると差別を受けた。1997年に制定されたアイヌ文化振興法は、アイヌ文化の保存を重視しているが、土地の所有権、国会と地方議会でのアイヌへの議席の割り当て、アイヌ民族に対する政府の謝罪など、一部のアイヌ団体が要求していた条項は含まれていない。

 国連人権委員会は2008年、日本政府に報告書を提出し、アイヌと琉球民(沖縄と鹿児島県の一部の住民を指す言葉)の両方を先住民族として認定し、それらの文化や伝統の保護・振興を支援するよう勧告した。日本政府は「琉球民」を先住民族と認定していないが、彼らの独自の文化と歴史を認め、その伝統を保存し尊重する努力をしてきた、と回答した。

その他の社会的虐待、差別、性的指向および性同一性に基づく暴力行為

 性的指向に基づく差別を防ぐ国の法律はないが、地方自治体の一部は、性的指向に基づく雇用差別を禁止する条例を制定した。ゲイ、レズビアン、バイセクシュアル、およびトランスジェンダーの人々を擁護するNGOは、いじめ、嫌がらせ、および暴力行為の事例を何件か報告した。

その他の社会的暴力または差別

 HIV・エイズ感染者に対する社会的暴力や差別の報告はなかった。

第7部 労働者の権利

a. 結社の自由

 法律は、労働者が事前認可あるいは過度の要件なしに、組合を結成し、自分が選んだ組合に所属することを認めており、日本政府は同法を効果的に執行した。労働組合は、政府の統制や影響を受けなかった。しかし、これとは別の法律により、公務員の基本的な労働組合権は制約されており、組合結成には実質的に事前認可が要求されている。2009年には、全労働人口の約18.1%に当たる1000万人強が労働組合に所属していた。農業、林業、水産業分野では、労働人口の約2.7%に当たる1万5000人が組合に所属していた。

 公務員および公共企業体の従業員を除き、労働組合が干渉されることなく活動することは法律により認められており、日本政府はこの権利を保護した。労働基準法違反の事例がしばしば見受けられた短期雇用契約の増加は、正規雇用の妨げになったばかりでなく、団結活動を妨げるものでもあった。

 民間部門の組合にはストライキをする権利があり、労働者は実際にこの権利を行使した。しかし、発電および送電、運輸および鉄道、通信、医療および公衆衛生、郵便などの必要不可欠なサービスを提供する部門の労働者は、ストライキの10日前までに当局に通知しなければならない。公共部門の職員にはストライキをする権利がないが、公共部門職員の団体に参加することができ、こうした団体が公共部門の雇用者と賃金、労働時間、その他の雇用条件について包括的に交渉することができる。団体交渉協定を結ぶことはできない。

b. 団結権と団体交渉権

 団体交渉権は法律により保護されており、自由に行使された。しかし、27万6345人の公務員および必要不可欠なサービスを提供する251万5728人の労働者(全労働人口6270万人のうち約4.5%)には、この権利が付与されていない。全労働者の約3分の1は非常勤または非正規雇用であり、団体交渉のために組合に参加することが難しいと感じた。さらに、法人格の形態を変更して持ち株会社制度に移行する企業が増加した。法律的には雇用者と見なされない投資信託「会社」も、より大きな役割を果たしているように見えた。企業形態の変化に加えて労働市場でも、企業活動に影響を及ぼす変化があった。その結果、団体交渉権を享受することができない労働者の割合がかなり高かった。

 組合に対する差別、またはその他の形での雇用者による組合活動に対する干渉は報告されなかった。

 日本には輸出加工区はない。

c. 強制労働の禁止

 法律により強制労働は禁止されているが、強制労働が行われたという報告が複数あった。日本に不法入国した労働者やビザの期限が切れたまま不法滞在した労働者には、賃金不払いや低賃金を含む強制労働の危険があった。一部の企業は、外国人研修生・技能実習生制度を使って外国人研修生を違法に残業させ、手当てを払わず、移動や外部との連絡を制限し、渡航書類を取り上げて、給料を企業が管理する銀行口座に強制的に入金させた。日本の法律や法務省のガイドラインでは、こういった慣行を禁止している。労働基準監督署は、職場が労働関連法に従っているかどうかを監視した。同監督署の通常の対応は警告や勧告を出すことであり、最も深刻な事例を除き、通常は法的手段に訴えることはなかった。

 国務省の「人身売買年次報告書」を参照。

d. 児童就労の禁止と雇用の最低年齢制限

 法律により職場における子どもの搾取は禁止されており、厚生労働省は法律を効果的に執行した。法律により、15歳から18歳の子どもは、危険な、あるいは有害と指定される仕事でなければ、いかなる仕事にも従事することができる。13歳から15歳までの子どもは「軽労働」であれば従事でき、13歳未満の子どもでも芸能界であれば働くことができる。人身売買および児童ポルノの被害者以外では、児童就労は問題にならなかった。

 国務省の「人身売買年次報告書」を参照。

e. 許容される労働条件

 法律改正により最低賃金が引き上げられ、10月24日から実施された。都道府県により、最低賃金は時給643円(約7.81ドル)から821円(約9.98ドル)まで幅があった。同じく法律改正により、最低賃金を支払わなかった雇用者に対する罰金額が50万円(約6080ドル)に引き上げられた。最低賃金の日給は、労働者とその家族がある程度の生活水準を維持するのに十分であった。

 法律により、ほとんどの産業で労働時間は週40時間と規定されており、週40時間、または1日8時間を超えて働いた場合には、割増賃金を支払うことが義務付けられている。しかし、公務員を含め労働者が日常的に、法律で定められた労働時間を超えて働いていたことは、広く認められていた。労働組合は、政府が労働時間制限の執行を怠っている、と批判することが多かった。2009年4月から2010年3月までの間に、厚生労働省に過労死(働き過ぎによる死)の認定を求める遺族からの申請が768件あった。厚生労働省が2010年に過労死の被害者であると公式に認定したのは293人だった。労働者の権利を擁護するNGOは、実際にはその数はもっと多く、2010年に発生した3万1560件の自殺の多くは、働き過ぎやその他の労働条件が一因だったと主張した。

 経済協力開発機構によると、日本の雇用者は、労働法による労働者の保護を回避するため、正社員よりも非常勤の短期契約社員、または非正規労働者を雇用した。こうした労働者は労働力の3分の1を占め、低賃金で働き、多くの場合、正規雇用の労働者より雇用の安定性や福利厚生が少なく、時には労働条件も不安定だった。2010年にその多くが民間部門の人員削減のために仕事を失った。また短期契約を繰り返し更新したことで、雇用者は自分たちを正社員として雇用する義務が生じたと主張して賠償金を求める労働者もいた。他の団体は、規制が変更され、この種の労働が認められるまで、労働システムは硬直しすぎていた、と主張した。2008年改正労働者派遣法の規定された目標のひとつは、大半が女性である非常勤労働者に、賃金・研修面で正社員と平等な待遇を提供する、というものであった。しかし、その対象となるためには、非常勤労働者は、業務内容、残業、転勤の面で正社員と同等でなければならない。実際には、このような要件を満たすのは、非常勤労働者のわずか4~5%にすぎなかった。

 権利擁護団体は、日本語や日本における法的権利をほとんど、または全く知らないことが多い違法に働く外国人労働者を、雇用者が搾取していると報告した。法律により、学生は週28時間しか働くことができない。しかし、その大半を中国人が占める外国人留学生、特に私費留学生は、2つか3つの低賃金の仕事を掛け持ちしており、その結果、程度の差はあるものの睡眠不足であり、それに伴い、けがや病気の危険が高まっていた。

 移民の人権に関する国連特別報道官とNGOは、国際援助の一翼を担うという目的が明示されているにもかかわらず、外国人研修生・技能実習生制度が外国人労働者の搾取を促すように作られている、と報告した。こうした研修生の大多数は中国人であり、この研修制度への参加申請のために中国人ブローカーに1400ドルを超える手数料を支払い、日本への出発前に最高で4000ドルの保証金を預け、時には自宅を担保にしなければならない。労働者の権利擁護団体によると、労働者が待遇の悪さを報告したり研修を早く切り上げると、ブローカーがそれらの資産を差し押さえるという。2010年に日本政府は省令により、研修制度への参加申込者に保証金を求め、参加者に罰金を課す行為を禁止した。雇用者の違反に対処するため、研修制度を規制する法律が改正され、政府は2010年に法の執行を強化したが、告発した被害者を罰する制度であったため、多くの企業が、安価な、規制されていない労働力を得るために研修制度を利用する状況が続いた。

 一部の企業では、研修生が時間外手当無しで残業させられ、最低賃金を下回る給料しかもらっていない、という報告があった。さらに、「強制預金」は違法であるにもかかわらず、研修生の給料は企業が管理する銀行口座に自動的に入金された。NGOによると、研修生は渡航書類を取り上げられ、「逃亡しないように、また外部と許可なく連絡を取らないように」行動が制限される場合もあった。2009年に法務省は、外国人研修生を受け入れた360の企業その他の組織が、不正行為に関わっていたことを確認した。そのうちおよそ80%が、賃金や残業手当ての不払いや、研修生を労働者として他の会社で働かせることを含む、労働関連法違反であった。不正行為と認められた444件のうち、123件が労働関係法および規則の違反であった。外国人労働者を支援するNGOと労働組合は、企業における外国人労働者の待遇は全く改善されていない、と指摘した。国際研修協力機構の調査によると、2009年4月から2010年3月までの間に死亡した研修生は27人で、そのうち9人が、長時間労働が原因となることが多い脳疾患と心臓病で死亡した。また3人の研修生が自殺した。11月19日、労働基準監督署は、2008年に死亡したある研修生が過労死だったと公式に認めた。死亡した31歳の中国人研修生が働いていた会社は、タイムカードに記載されたわずかな残業時間しか報告していなかったが、労働基準監督署は、その研修生は死亡する前の12カ月間、平均して週80時間働いていたと結論づけた。その会社は刑事事件の取り調べを受けた。

 1月に熊本地方裁判所は、外国人研修生の仲介機関と研修を行った縫製会社に対し、4人の中国人研修生への損害賠償として440万円(約5万3480ドル)の支払いを命じ、縫製会社にはこれに加え、未払い賃金1280万円(約15万5560ドル)の支払いも命じた。数件の類似の訴訟ではまだ判決が下っていなかった。

 政府が、労働安全・衛生基準を設定する。厚生労働省は、労働安全・衛生に関する各種の法律・規則を効果的に実施した。労働基準監督官は安全でない操業を直ちに停止させる権限を有し、また法の規定に基づき、労働者は、雇用の継続を脅かされることなく職業安全について懸念を表明し、安全ではない労働環境から離れることができる。2009年に労働基準監督官は、4万8448件の申告を処理し、14万6860カ所の事業所を視察し、4553カ所の事業所に事業停止命令を出し、労働安全・衛生に関する問題点を正した。また1110件を検察に送致した。


これは一体誰が調べているのでしょうか?

日本に関する部分の極一部の報告書である、これを世界中でしらべてるんだからね、それでアメリカ人は何処か余り有益に使っていなばかりか情報漏洩など多々あったりする、なんという人種なんでしょうか??

2011年5月5日木曜日

大使館からのお知らせ

タイ在留邦人の皆様へ

          【大使館からのお知らせ】
                     緊急一斉メール

ウサマ・ビン・ラーディンの殺害に伴うテロ攻撃に関する注意喚起
(5月4日現在)


1.5月1日(現地時間)、オバマ米国大統領は演説で、米国の作戦により国際テロ組織アル・カーイダの指導者ウサマ・ビン・ラーディンをパキスタンで殺害、その遺体を確保した旨発表しました。

2.その一方で、米国は、最近のパキスタンにおける対テロ活動を受け、米国人・米国権益などに対する報復テロの可能性が懸念されることから、海外に渡航・滞在する全ての自国民に向け、注意を喚起する危険情報を発出しています。

3.つきましては、過去に欧米権益に対する攻撃が発生した地域、とりわけウサマ・ビン・ラーディンが殺害されたパキスタンをはじめとしてアル・カーイダ本体または関連組織が活動する地域において米国を中心に広く欧米権益がテロ攻撃を受ける可能性が懸念されるため、これらの地域への渡航を予定されている方及び滞在されている方は、現地の情勢に十分注意し、最新の治安関連情報を入手するよう努めてください。特に、テロの標的になりやすい多くの人が集まる場所(観光地、米国系有名ホテルやファースト・フード店を含む欧米関連施設、混雑するカフェやレストラン、ショッピング・センターやマーケット、カジノ、ディスコ、駅やバス・ターミナル等)、欧米の在外公館や政府関連施設(政府機関、軍・治安関連施設)にはできる限り近づかない、また、近づく場合であっても、短時間で効率的に用事を済ませ、常に周囲の状況に注意を払い、不審な状況を察知したら、速やかにその場を離れるなど安全確保に一層の注意を払ってください。また、不測の事態が発生した場合の対応策を再点検し、状況に応じて適切な安全対策が講じられるよう心掛けてください。

4.また、万一に備え、海外渡航前には家族や友人、職場の同僚等に日程や渡航先での連絡先を伝えておくとともに、テロ事件等の不測の事態に遭遇した際には、現地の日本国大使館又は総領事館に速やかに連絡を取るようお願いします。

5.外務省では、「海外安全ホームページ」(http://www.anzen.mofa.go.jp/ ) において「スポット情報」、「危険情報」等を掲載し、世界各国・地域毎のテロ情勢や注意事項をお知らせしていますので、海外に渡航される方におか
れては、渡航前にこれら情報を参照してください(パキスタンの一部地域、アフガニスタン全土に危険情報「退避を勧告します。渡航は延期して下さい。」が発出されています)。
なお、爆弾事件・誘拐に関しては、以下も併せて御参照ください(パンフレットは、http://www.anzen.mofa.go.jp/pamph/pamph.html に記載)。
(1)2010年6月3日付広域情報「爆弾テロ事件に関する注意喚起」
(2)パンフレット「海外旅行のテロ・誘拐対策」
(3)パンフレット「海外へ進出する日本人・企業のための爆弾テロ対策Q&A」
(4)パンフレット「海外における誘拐対策Q&A」

  
(問い合わせ先)
○在タイ日本国大使館領事部
 電話:(66-2)207-8502、696-3002(邦人援護)
 FAX :(66-2)207-8511
○外務省 海外安全ホームページ: http://www.anzen.mofa.go.jp/
             http://m.anzen.mofa.go.jp/mbtop.asp (携帯版)




南部洪水被害復興に向けた救済行事開催に伴う注意喚起
(5月4日現在)


1.治安当局によれば、5月7日(土)夜から5月8日(日)早朝にかけ、僧侶(約1万2千人)が参加する「南部洪水被害(本年3月下旬発生)復興に向けた救済行事」が、バンコク都内ラチャプラソン交差点を中心として以下の予定で行われる模様です。

 【南部洪水被害復興に向けた救済行事】
◎日   時 5月7日(土)午後10時~8日(日)午前9時30分
◎場   所 ラチャプラソン交差点からプラトゥーナム交差点までの間
               (伊勢丹及びセントラルワールド前の通り)
◎人   数 約5万人が参集する可能性有り(僧侶1万2千人を含む)
◎参考事項 同行事開催に伴い、上記時間帯で開催場所であるラチャプラソン交差点からプラトゥーナム交差点までの間は、車両通行止めなどの交通規制が行われる。

2.つきましては、この行事の影響によりラチャプラソン交差点及びプラトゥーナム交差点周辺では交通渋滞が予想されることもあり、報道等から最新情報の入手に努めるとともに、行事開催場所では人の混雑も予想されることより、同所を訪問の際は、安全確保に十分注意を払ってください。

(問い合わせ先)
○在タイ日本国大使館領事部
 電話:(66-2)207-8502、696-3002(邦人援護)
 FAX :(66-2)207-8511

2011年5月4日水曜日

ビンラディン殺害、タリバンも報復を誓う

Taliban'dan intikam yemini

Taliban'ın Pakistan'da bulunan kolu, El Kaide liderinin öldürüldüğü açıklamasına sert bir tehditle yanıt verdi.

Taliban Sözcüsü İhsanullah İhsan, bilinmeyen bir yerden AFP haber ajansına yaptığı açıklamada, "Eğer bin Ladin şehit olduysa, ölümünün intikamını alır, ABD ve Pakistan hükümetlerine ve güvenlik güçlerine saldırılar düzenleriz" dedi.

İhsan, "Bu insanlar İslam düşmanıdır" dedi.

Taliban sözcüsü, örgütün bin Ladin'in ölümünü teyit etmeyi başaramadığını da sözlerine ekledi.

İhsan, "Eğer bin Ladin şehit olduysa bu bizim için büyük bir zaferdir çünkü hepimizin amacı şehit olmak" dedi.

Ameikan Merkezi Haberalma Teşkilatı (CIA) Başkanı Leon Panetta da, El Kaide'nin Usame bin Ladin'in öldürülmesinin intikamını almasının "neredeyse kesin" olduğunu söyledi.

Panetta, "Bin Ladin ölse de El Kaide ölmedi. Teröristler kesinlikle onun intikamını almaya çalışacaktır. Dikkatli ve kararlı olacaklardır" diye konuştu.

PAKİSTAN'DA PATLAMA: 4 ÖLÜ

Taliban'ın saldırı tehdidinde bulunduğu saatlerde, Pakistan'ın kuzeybatısındaki bir cami yakınlarında meydana gelen patlamada 1 kadın ile 3 çocuk hayatını kaybetti.

Bin Ladin'in öldürüldüğü Abbottabad kentinin yaklaşık 50 kilometre batısındaki Çarsadda kasabasındaki bombalı saldırıda 2'si polis 5 kişi de yaralandı. Saldırıyı henüz üstlenen olmadı.

HAMAS KINADI

Gazze Şeridi'ni kontrol eden Hamas da, Bin Ladin'in öldürülmesini kınayarak, operasyonu "Kutsal Arap liderine yönelik suikast" olarak nitelendirdi.

Hamas hükümetinin Başbakanı İsmail Haniye, "Herhangi bir Müslüman'a veya mücahide suikast düzenlenmesini şiddetle kınıyorum" diyerek, Bin Ladin'e "Allah'tan rahmet" diledi.


2011年05月02日付 Hurriyet紙

タリバンのパキスタン支部は、アル・カーイダのトップ、オサマ・ビン・ラディンの殺害が公表されたことに対し、強い脅迫をもって声明を発表した。

タリバンのスポークスマン、イフサヌッラー・イフサン氏は、場所は特定されていないが、ある場所からAFP通信に対し声明を発表し、「もしビン・ラディンが“殉教”したのならば、私たちはその死への復讐を誓い、アメリカとパキスタン政府、そしてそれぞれの治安部隊に対し報復攻撃を行う。これらの人間は、イスラムの敵である」とも語った。

さらにイフサン氏は、タリバンがビン・ラディンの死亡を確認するに至っていないと付け加え、「もしビン・ラディンが“殉教”したのならば、これは私たちにとっての勝利である。私たちの目標は殉教にあるからだ」と述べた。

アメリカ中央情報局(CIA)局長のレオン・パネッタ氏は、アル・カーイダがウサマビン・ラディン殺害の報復を実行するのは間違いないと述べ、「ビン・ラディンが死んでもアル・カーイダは死なない。テロリストたちは必ず彼の復讐をしようとするだろう。周到に、覚悟を決めて動くだろう」と語った。

■パキスタンで爆発、4名死亡

タリバンの爆破予告と同じ時間に、パキスタン北西部にあるモスクのそばで爆弾が爆発し、女性1人と子供3人が死亡した。

またビン・ラディンが殺害されたパキスタンのアボタバード市から約50キロ西側にある、チャルサッダという町でも爆発が起き、警察官2人を含む5人が負傷した。犯行声明はまだ出ていない。

■ハマスも殺害を非難

また、パレスチナのガザ地区を支配するハマスもビン・ラディン殺害を非難し、「聖なるアラブのリーダーに対する暗殺」だと強調した。

ハマス政府の首相イスマイル・ハニイェ氏は「ムスリムであれイスラム戦士であれ、彼らへの暗殺が実行されることについて、私は非難する」と語り、ビン・ラディンに「アッラーのご加護を」と言葉を贈った。


アフガン・タリバン ビンラディン氏の死亡を否定

 アフガニスタンのタリバンのメンバーらは、アルカイダの首領であるウサマ・ビンラディン氏の死亡について語るのは時期尚早だと考えている。タリバンのサイト上でそのような趣旨のコムニュケが発表された。

 その中では「アメリカは、状況を示すような証拠を何も示していない。」と述べられており、ビンラディン氏の側近らもその事実について何のコメントも行っていない、と指摘されている。


アメリカ ビンラディン氏の死亡写真は非公開

 アメリカ政府は殺害されたウサマ・ビンラディンの死亡写真について、公開するかどうかの問台を検討しているが、ホワイトハウスのジェイ・ケーニー報道官は、写真が「きわめて不快」なものであることから、扇動につながる恐れがあるとの声明を表した。

 ケーニー報道官は、バラク・オバマ大統領自身も今回の問題を検討しているとしている。





 タリバン側としてはビンラディンがもし死亡していれば殉教であり、それはタリバンの勝利で、その死に対しては報復で対抗すると言っている、それなおかつその戦いで死んでも殉教であり勝利なのだ、ということはどっちに転んでも勝利なのである。

2011年5月3日火曜日

イギリス紙、「ビンラディンの遺体写真は本物ではない」

デイリーテレグラフ

イギリスの新聞、デイリーテレグラフが、国際テロ組織アルカイダの指導者であるオサマ・ビンラディンの遺体の写真は、本物ではない、と伝えました。
ファールス通信によりますと、デイリー・テレグラフは、ビンラディン容疑者の遺体の写真と、過去の彼の写真を並べて、「ビンラディンの遺体の写真は、フォトショップによって加工されており、本物ではない」としました。
この新聞は、レポートの最後に、「この写真はビンラディンが殺害されたか、されていないかの根拠にはならないどころか、ビンラディンの遺体の写真が本物ではないことを示している」と記しています。
アメリカのオバマ大統領は、1日日曜夜、アルカイダの指導者が殺害されたことを認めました。
オサマ・ビンラディンは、アフガニスタンで、アメリカの庇護を受けていましたが、何年もアメリカに貢献した数年後には、アメリカ政府の使い古された駒となり、アメリカは、彼とタリバンの指導者の殺害を口実に、アフガニスタンを占領しました。

IRIB国際放送ラジオ・パシュトゥー語

米大統領、「ビンラディン容疑者を殺害」

アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン容疑者が、パキスタンでアメリカ軍の作戦により死亡したことが明らかになりました。
アメリカのオバマ大統領は、1日日曜、テレビで緊急演説を行い、「ビンラディン容疑者が、パキスタンで行われたアメリカ軍の作戦によって殺害された」と述べました。
IRIB国際放送ラジオ・パシュトゥー語が伝えたところによりますと、アメリカ軍は、パキスタン軍統合情報局の協力を得て、同国の首都イスラマバードから70キロ離れたところに潜伏していた、ビンラディン容疑者に対し軍事作戦を行い、この中で、ヘリコプター1機が墜落し、ビンラディン容疑者を含め21名が死亡したということです。
ビンラディン容疑者は、1998年8月7日に発生したタンザニアの首都ダルエスサラームと、ケニアの首都ナイロビにあるアメリカ大使館の爆破事件、アメリカ戦艦のUSSコールへの襲撃、2001年9月11日の同時多発テロ事件といった、世界各地でのテロ攻撃に加担した容疑でアメリカ連邦捜査局により追跡されていました。
9・11テロ事件を口実に、アメリカはアフガニスタン、そしてその後イラクを攻撃、占領しました。この2つの国への攻撃により、100万人以上の人々が命を奪われました。


反戦サイト・アンチ・ウォー
アンチ・ウォー、「ビンラディンの死亡は米政策に影響せず」

反戦サイト・アンチ・ウォーの編集長を務めるジェイソン・デイッツ氏が、「国際テロ組織アルカイダの指導者オサマ・ビンラディン氏は死亡したが、地域特にアフガニスタンでのアメリカの占領政策は全く変わらないだろう」と語りました。
デイッツ編集長は、プレスTVとのインタビューで、ビンラディン容疑者が死亡したことによる結果について、「他国におけるアメリカの現在の軍事政策のいずれも、ビンラディン容疑者の死亡を理由に早期終結には至らないだろう」と述べています。
また、「アメリカ政府は現在、ビンラディン容疑者の死亡を祝っているが、その一方でアメリカ当局は、長年にわたりビンラディン容疑者の行動はさほど重要でないとしてきた。こうした矛盾の原因は、アメリカがビンラディン容疑者を逮捕できなかったにもかかわらず、今回の勝利を誇張していることにある」としました。
デイッツ編集長によりますと、ビンラディン氏の死亡は注目に値するが、この事件をめぐる最近の政界での喧騒で、事実が変わることはない、ということです。
アメリカのオバマ大統領は、1日日曜、テレビ演説において、「国際テロ組織アルカイダの指導者ビンラディン容疑者は、アメリカ軍によって殺害された」と表明しています。


ロシアの声The voice of Russia
テロリスト№1ビンラディン ついに殲滅

 アメリカのオバマ大統領は記者達に対し直接、国際テロ組織「アルカイダ」の頭目ウサマ・ビンラディンが殲滅された事を伝えた。

 パキスタンの首都イスラマバードから約56キロ北方に位置するアボタバードで実施された特別作戦で、アメリカの特務部隊がビンラディン殲滅に要した時間は、たった40分だったが、この「テロリスト№1」といわれる人物の居場所特定までには、ほぼ10年という歳月が必要だった。

 ビンラディンは、2001年9月11日に起きたアメリカ史上最大かつ最も悲惨なテロ事件とされる、あの世界貿易センタービル爆破テロ事件の組織犯とされている。このテロ犯罪では、3千人もの人々が犠牲になった。キリスト教徒ばかりでなくイスラム教徒も含め、あまりにも多くの人々が亡くなった。そして彼は、アメリカの主要な敵とみなされるに至ったのだった。 ビンラディン狩りが始まり10年、ようやく昨年8月、米特務機関は暴徒集団の居場所を正確に突き止める事に成功し、8ヶ月間、綿密に作戦が準備された。 なお作戦命令を出したのは、オバマ大統領本人だった。

 ロシアの特務諸機関の代表者達は、ビンラディン殲滅について「人類に対する恐ろしい悪事を行ったテロリストは必ず報いを受ける事を証拠立てる画期的な出来事」と呼んだ。アメリカ人が9・11事件を決して許さないように、ロシア人はブジョンノフスクやピェルヴォマイスコエ、ベスランそしてモスクワで起きたテロ事件の数々を決して忘れはしない。 ロシアの特務部隊も、テロ集団の頭目を殲滅した急襲作戦の経験を持っている。ジョハル・ドゥダーエフ自称チェチェン大統領や、その血塗られた後継者であるアスラン・マスハドフが、どうなったかを思い出せば十分だろう。 それゆえ、グローバル・テロリズムとの戦いにおける国際協力拡大に向けたクレムリン報道部のアピールは当然と言える。

 ロシア議会下院・安全委員会のメンバー、ミハイル・スタルシノフ議員は、我々のインタビューに対し「ビンラディン殺害は、世界共同体全体の勝利だ」と評価し次のように続けた―

  「この例を手本にする価値がある。なぜなら、テロ組織のもとでコーディネーターや思想的扇動者が少なくなればなるほど、彼らが社会に与える脅威もしかるべく少なくなるからだ。」

 その一方で専門家達は、ビンラディンの信奉者らが復讐を試みる可能性もあると見ている。アメリカ国務省はすでに国外に居住する米国市民に対し、自分の身の安全に気をつけるよう警告を出している。モスクワを含め、各国にある米国大使館の警備も強化された。

 ロシア議会下院安全委員会のウラジーミル・ワシリエフ委員長も「テロリズムの拡大もあり得る」と捉えている。 また委員長は「ビンラディンの殲滅に成功した事は、素晴らしいが、他の面も見なければならない。テロリストのみならず非常に多くの人々が、ビンラディンに共感を抱いていた。リビアでは、内戦を背景に、過激派が急激に力を持つ可能性もある」」と指摘している。

 なおロシア議会上院・国際問題委員会のミハイル・マルゲロフ委員長は「『アルカイダ』にはすぐにまた、新しいリーダーが現れるだろう」と注意を呼びかけた。 マルゲロフ委員長の、そうした指摘は正しいだろう。なぜなら「アルカイダ」の№2、アイマン・アズ-ザワヒリはまだ生きているからだ。 とはいえ、テロリスト№1と言われたビンラディンが殲滅されたという事実は、疑いなく大きい。 なぜなら、彼こそ21世紀のペストと言われるテロリズムの、まさに世界的シンボルだったからである。



 アメリカには大変お世話になったしかしそれとこれは違うのである、デイリー・テレグラフが言うように遺体の写真が違う点、10年間放ったらかしで何故今なのか?、米軍が撤退する時期にやり遂げたかったのだろうか、10年前の映像を察するところ大方の人は既に死んでいるのではないかと、しかし生き長らえる事によって双方のメリットがあるとは考えられないだろうか?
今まで散々アメリカのしょうもない歴史が語っているではないか、さて次の標的は何処になるのだろうか?




フィリピンで、米軍事基地を再設置


フィリピンの首都マニラで発行されるいくつかの新聞が、フィリピンで、再びアメリカの軍事基地が設置されることを明らかにしました。
これらの新聞は30日土曜、アメリカの軍事基地の設置は、フィリピン人にとって大きな危険となるとしました。
これらの新聞の記者らは、フィリピン諸島で再びアメリカの軍事基地が設置されることは、同国で激しい反米デモを引き起こすだろうと考えています。
最近、アメリカの上院議員ダニエル・イノウエ氏及びタッド・コックラン氏の両氏が、フィリピンにあるアメリカの元軍事基地の1つを視察したことから、アメリカが、フィリピンで、再び自国の軍事施設を強化する意向がある可能性が高まっています。
日本で発生した悲惨な津波の後、フィリピンに軍事基地を設置しようとするアメリカの意向が高まっているとされています。
しかし、日本で発生した津波により、グアム米海軍基地の建設が遅れ、それが原因でアメリカはフィリピンに軍事施設を設置しようとしていま


タイ、ビンラディン容疑者殺害で米大使館など警備強化 路上検問も

国際テロ組織アルカイダ指導者のウサマ・ビンラディン容疑者が米軍に殺害されたことを受け、タイ当局はイスラム過激派による報復を警戒し、バンコクの米国大使館(ウィタユ通り)や外交官の住居、米国企業などの警備を強化する。大使館周辺では路上検問も実施する方針。



タイ・カンボジア武力衝突 数十人死傷、10万人避難


今年2月に国境で武力衝突したタイとカンボジアが4月下旬から再度交戦し、双方で兵士ら数十人が死傷、周辺住民約10万人が避難した。両国の衝突は国境未画定地域の領有権争いが原因とされるが、背景にはタイ国内のタクシン元首相派と反タクシン派の政治抗争があるという見方もある。

 両軍は4月22日早朝、タイ東北部スリン県の国境で戦闘を開始。その後、タイ東北部ブリラム県、シーサケート県などの国境に戦線が拡大した。周辺の民家も砲撃を受け、5月1日までの死者はカンボジア兵9人、タイ兵7人、タイ側住民1人の計17人に上る。両軍の現地司令官は4月28日に口頭で停戦に合意したが、その後も戦闘が散発した。

 タイ、カンボジア両国が加盟する東南アジア諸国連合(ASEAN)は議長国インドネシアが中心となり、調停を図っている。国連の潘基文(パン・ギムン)事務総長、クリントン米国務長官らも停戦を呼びかけた。タイのプラウィット国防相は4月27日から、カンボジアに強い影響力を持つ中国を訪れ、仲介を求めた。

 一方カンボジアは4月29日、両国の国境未画定地域近くにあるヒンドゥー寺院遺跡プレアビヒアをカンボジア領とした1962年の国際司法裁判所の判決について、国際司法裁に判決の解釈を求めた。判決はプレアビヒアがカンボジア領内にあると認めたものの、周辺地域については判断を示さず、タイとの領有権争いが続く原因となった。タイは外国人の法律専門家を雇い、カンボジアと国際司法裁で争う姿勢をみせている。

 プレアビヒアはカンボジアのクメール王国が9―11世紀に建立したヒンドゥー寺院遺跡で、タイ・カンボジア国境地帯のがけの上にある。2008年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産に登録されたが、タイはこれを不服とし、同年以降、遺跡周辺で度々、両国軍が小規模な武力衝突を繰り返した。

 タイとカンボジアは今年2月にもプレアビヒア周辺などで交戦し、双方で民間人を含め数十人が死傷した。両国は2月下旬にジャカルタで開かれた緊急非公式外相会議で、戦闘地域へのインドネシアの停戦監視団の受け入れとインドネシアによる事実上の調停に合意したが、タイ政府と距離を置くタイ軍が停戦監視団の受け入れを拒否し、事態がこう着していた。

 2月と今回の武力衝突はいずれもタイ国内で軍事クーデターのうわさが浮上した際に発生した。タイの民主党連立政権は5月に下院を解散、6、7月に総選挙を行う方針だが、反タイ王室色の強いタクシン派野党の政権復帰や民主主義の定着を懸念する反タクシン派の特権階級がタイ軍の一部を動かしクーデターに踏み切るといううわさが4月中旬になり再度強まった。カンボジアとの武力衝突はこうした状況の中、起きており、タイ軍が戦闘による選挙の先送りやタイ王室を中心とする愛国心の発揚を狙ったという見方がある。実際、タイ国内ではカンボジアとの戦闘の前後から、不敬罪によるタクシン派弾圧が強まっている。